ウルフの掲げた理想を再考する ――ヴァージニア・ウルフ(2017)『三ギニー――戦争を阻止するために』(訳)片山亜紀、平凡社ライブラリー

バーニング
Apr 23, 2021

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以前レビューを書いた『自分ひとりの部屋』の続編にあたるのが本作。前作では年収500ポンドという具体的な数字を挙げていたが、本作ではタイトルにあるとおり三ギニー(現在の価値で約3万円)と、今回もまた具体的な数字を挙げている。500ポンドから比べるとだいぶ数字が小さくなったが、この三ギニーというささやかな数字こそが何より重要なのだということが読むにつれて分かってくるのがまず面白い。

端的に言うと、ウルフが言う三ギニーは女性にとっての社会的な生命線であり、経済的自由権の行使である。本作の舞台は約100年前、ヴァージニア・ウルフが実際に暮らしていた時代のイギリスであるが、当時の女性の役割について多く割かれている。それは、戦間期に書かれた『自分ひとりの部屋』とは違う切実さ、つまり戦争を遂行しようとしていた多くの男性たちに対する糾弾でもある。

具体的に挙げていこう。ウルフが本作に登場する架空の手紙の中で書いてあるように、女性は仕事をすべきではないだとか、女性は家庭を守るべきだとか、そもそも仕事は男性のものであって家庭は女性のものであるだとか、現代から振り返ると守旧的なジェンダーモデルが優勢だった時代の話だ。おそらくこれはイギリスだけに当てはまるものでなければ、約80年経った現代でもこうした古いジェンダーモデルの呪縛はそこかしこに顕在している。(だから皮肉にも、現代でも本作を読む価値は失われていない)

こうしたモデルを、政治も社会も、あるいはマスメディアも推進しようとする(随所に新聞の論説が引用されている)。1930年代、アジアでは日本の軍事行動がすでに行われていた時代だし、ナチスによる各国への侵略や、オーウェルの『カタロニア戦記』で描かれたスペイン内戦など、世界的に戦争の足音だらけになっていた時代である。イギリスでも政治の舞台では保守党を中心とした再軍備が進んでいく。本作の副題にある「戦争を阻止するために」女性の自由を掲げるのは、単にこの時代のフェミニズムと連動した動きとは言えないほど、切実だった。

女性による自由、ここでは三ギニーという金額で表される経済的自由が提唱される。仮に女性たちが毎月三ギニーを自由に行使できたならば。また、男性並みに女性も収入を得られるようになったとするならば。「できないことなどあるでしょうか?」(p.126)とウルフは読者に語りかけ、政党の支援やメディアの経営、妊産婦死亡率をゼロにすることなど、「貴姉(あなた)にできないことは何もないようです」(p.127)と結論づける。

これらは女性たちが収入を十分に得られた場合の話ではあるが、三ギニーを自由に使える女性たちが連帯することで生まれる可能性もあるだろう。そしてそれこそが、男性の作る社会への抵抗であり、差し迫った戦争への抵抗になりうるとウルフは期待していた。

もっとも、片山亜紀による解説を読む限りでは当時の世相の中でウルフの主張は理想論であると退けられることも多かったようだ。しかし戦後、第二波フェミニズムの中、経済的な発展とともにより自由な生き方や承認を求めたり、性差別や社会的抑圧の糾弾を訴えたりする女性たちの運動の中でウルフは度々言及されている。

そして当時の問題意識や告発、スローガンは現代にも形を変えて続いている。この10年ほどを見ても様々な場所でフェミニズムやジェンダー平等に言及されるようになってきた日本において、ヴァージニア・ウルフの存在感は増しているように見える。本書のような形で新しい翻訳が登場したり、小澤みゆき編集による同人誌『かわいいウルフ』は各所で話題をさらった(2021年3月には商業書籍化もされている)。

改めて、今だからこそウルフの「理想論」に耳を傾けたい。現代においては単なる理想ではなく、今もなお社会を覆う空気や、ウルフが病と言及するような有害な男性性に抗するための、現実的な手段になるはずだからだ。

[2021.4.24]

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Written by バーニング

90年生まれ。アイコンは@koyomi_matsubaさんデザイン。連絡先:burningsan@gmail.com

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