ナラティブに宿る感情と孤独、その所在 ――ミランダ・ジュライ(2010)『いちばんここに似合う人』(訳)岸本佐知子、新潮クレストブックス

バーニング
Oct 16, 2021

--

映画の世界でキャリアをスタートさせたミランダ・ジュライが作家として最初に世に送り出したのが本作。断章的というか、それぞれ連続性が全くない16もの短編が収められている。長さもバラバラで、わずか数ページで終わってしまう短編もあるので習作集と言ってもいいかもしれない。と、最初考えていた。

実際に読み進めると、これは単にジュライが細かいアイデアを書き出してそれをまとめた本というよりは、そのひとつひとつに宿っている人間の感情やその感情の所在を描写する力がすさまじい。16種類の短編を送り出すということは、その短編それぞれに主人公がいて、彼や彼女たちの周囲の人間も登場する。

短編をこれだけ大量に書いてまとめるよりは、ひとつひとつの短編を膨らませてひとまとまりの小説にしたほうがおそらく簡単だ。ただ、何らかの理由でジュライはそうしなかった。わずか数ページで終わる短編(「その人」や「動き」)であっても、それはその数ページで完結させることに意味があったのだろう。おそらく。

前置きが長くなったが、最初に読んだジュライ作品が『最初の悪い男』だったので、ジュライのキャラクターの書き方はなんとなく分かっていたつもりだったが、実際はそうではなくて想像したよりも多様なキャラクターを丁寧に書いているという印象が強くなった。文字通り老若男女が登場するし、性的志向もさまざまなキャラクターが登場する。彼ら彼女らのナラティブを通して自分の中の重要な感情はどこにあって、誰に向いていて、そしてそれはどのように扱えばいいのかといった不安や期待を、ジュライはひとつずつ書いている。その筆致は優しさを感じるほどだ。

本作では、性愛にまつわる表現が非常に多く、異性愛も同性愛も、あるいはそのどちらにもつかないような(恋愛未満の関係)もジュライは書く。書き分けることを意識的にはやってなくて、ただフラットとも違うかなという印象もある。同性愛を書く場合も、はっきりと双方が同性愛者のアイデンティティがあるわけではなく、同性愛もいけるかもしれないがわからないという性的指向の揺らぎを丁寧に書いているように思える(「妹」や「何も必要としない何か」など)。

岸本佐知子があとがきで次の解説がとても好きだ。

彼らが孤独のそこで誰かとつながりかけた、その瞬間は火花のように彼らの生を照らし出し、彼らを前とはほんの少し違う場所につれていく。そこには『人はみな孤独だ、だが孤独を通じてつながることができるのかもしれない』という裏返しの希望が読み取れるような気さえするのだ。

彼女は人の孤独の深さと、誰かとつながりたい気持ちの切実さを生々しく、ほとんど残酷なくらい鋭く描きつつも、その語り口にはどこか空とぼけたユーモアが漂う。(いずれもp.280)

人の孤独の中に深く深くもぐっていき、絶望を言語化するタイプの文学作品は珍しくない。ジュライはそういったアプローチはとらない。むしろナラティブとして表に出すことで、過度な内省を回避し、誰か、とりわけ重要な他者とつながりたいという欲求をストレートに表現する。そうすることでジュライの書くキャラクターたちは誰もが生き生きとしているように思えた。

孤独を抱えながら、それでも人生を、生活を懸命に生きている彼ら彼女らの語りを聞くことは、読者にとっては非常に面白い体験になるし、勇気をもらえることもあるだろう。深夜誰もいない部屋で一人本書を読むことで、より深くキャラクターたちと対話できたような感覚を覚えたことも、自分にとって貴重な読書体験だったなと感じる。

◆関連エントリー

[2021.10.16]

Sign up to discover human stories that deepen your understanding of the world.

Free

Distraction-free reading. No ads.

Organize your knowledge with lists and highlights.

Tell your story. Find your audience.

Membership

Read member-only stories

Support writers you read most

Earn money for your writing

Listen to audio narrations

Read offline with the Medium app

--

--

バーニング
バーニング

Written by バーニング

90年生まれ。アイコンは@koyomi_matsubaさんデザイン。連絡先:burningsan@gmail.com

No responses yet

Write a response