ハッピーエンドのもう一つの形 ――ジェイン・オースティン(2010)『マンスフィールド・パーク』(訳)中野康司、ちくま文庫

バーニング
Apr 16, 2023

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イギリスのある地方を舞台にした、婚活と恋愛劇。こうした大まかな筋書きは、これまでのジェイン・オースティンを読んできたとおりだ。とはいえかなり異質なのが、主人公であるファニーの造形だろう。これまで『高慢と偏見』や『分別と多感』では姉妹劇と恋愛劇を織り交ぜたり、『ノーザンガー・アビー』では女同士の友情をふんだんに盛り込むことで恋愛劇につなげてきたが、本作はそうしたアプローチともやや異なる。主人公の女友達(メアリー)は今回も重要な役割を持つとはいえ、主人公のファニーの心境は複雑な形で展開していく。

ファニーは、その経緯がまずこれまでとはかなり異質で、伯母の家に引き取られた養子という立ち位置である。であるがゆえに、伯母であるバートラム夫人の実子であるマライアとジュリア姉妹との関係もさほどよくはない(というか、むしろ悪いと言ってよい)。これまでのオースティン小説ならばマライアとジュリアの婚活劇が主軸になったのだろうが、ファニー目線ではこの二人は必然的に悪女に近い立場になっているため、彼女たちの婚活劇は描かれはするが、あくまでサイドストーリー的扱いだ。

ファニーは内気で、自分の意見をはっきり表明しないというキャラクターでもある。とはいえ、彼女は意見を表明することに億劫なだけで、自分の意見を持っていないわけではない。誰が好きなのか、あるいは誰が嫌いなのかについてもはっきりとしている。最終的に結ばれることになるエドマンドは優しさと教養を兼ね備えた典型的な好青年といったタイプのキャラクターだが、いとこであるがゆえに好きになった気持ちを打ち明けるまでにかなりの時間を要する。

中野康司はあとがきの中で、ファニーの造形についてこう記している。

ファニーは本人が言うとおり生真面目なうえに、虚弱体質で内気で無口で、とくに目立った行動もしない。小説のヒロインとしては、あまり人気が出そうにないキャラである。しかしオースティンは『高慢と偏見』の、自由で快活で、元気はつらつとした知性をもったエリザベス・ベネットを世に送り出したあと、あえてこの、あらゆる点で対照的なファニー・プライスをヒロインに据え、人間の生活における道徳心の大切さを前面に押し立てた作品を世に問うた。(p.755)

道徳心はオースティン小説の重要なテーマだろう。オースティン小説には必ずと言っていいほど、悪役や愚かなキャラが登場する。主人公はたいていの場合、彼ら彼女らの振る舞いを観察することで(時には直接被害に遭うことで)反面教師として生きようとする(『分別と多感』の姉妹ふたりの生き方が典型的だ)ことが多い。そうした生き方を愚直に、かつユーモラスに書くことで、リアルかつドラマチックな物語に仕立て上げるのがオースティンのストーリーテリングだ。

本作の場合は、さらにここにファニーにとってのビルドゥングスロマンも感じ取れる。別に三四郎のように上京するわけではないが、本作中盤から取り組むことになる舞踏会は、彼女の自尊心を成長させるためのすぐれた舞台装置になっている。この舞踏会でヘンリーを魅了「してしまう」ことにもなる。

もちろんヘンリーとファニーはゴールインしない。ファニーとエドマンドの結ばれ方は、これまでにないような形だとも感じた。しかしこういう描き方も一つの、当時の社会背景を考えるとハッピーエンドと言ってよいだろうし、恋愛と結婚との差異を感じる一面でもあった。

[2023.4.16]

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Written by バーニング

90年生まれ。アイコンは@koyomi_matsubaさんデザイン。連絡先:burningsan@gmail.com

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