リズミカルにユーモラスに、かつシビアに ――チョン・セラン(2020)『屋上で会いましょう』(訳)すんみ、亜紀書房

バーニング
Nov 18, 2020

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2017年に韓国で発表し、最近日本でも紹介された『フィフティ・ピープル』は日本でのチョン・セランの知名度を大きく上げることになった小説だったと言えるだろう。とある街のとある病院を舞台にしたちょっと変わった、けれどもユーモラスに満ちた人間ドラマが描かれたその小説については、誰のことも見捨てないし、誰もが社会の一員なのだということを、チョン・セランが小説を通して問うている印象を受けた。

本作『屋上で会いましょう』もそうした市民的目線とでも言えばいいのか、ミクロで多彩な視点と、ふと入り込んでくるミステリアスでSFチックな要素がとても面白い。2010年代に発表した様々な短編(文芸誌だけではなくウェブでの連載も含んでいるようだ)が収められているので、それだけでも多彩であることは伺える。たとえば最初の短編「ウェディング44」は、あるウェディングドレスをめぐる44つの掌編が連なることで一つの物語を成立させている。(ある意味、『フィフティ・ピープル』に近いかもしれない。個々の人たちの小さな物語が連なることで大きなドラマになっていた)

『フィフティ・ピープル』でもそうだったが、チョン・セランが扱っているテーマは貧困や労働、家族の問題など社会的であり文学的であるが文章自体は非常にリズミカルでユーモラスなのである。本作には「ヒョジン」という、東京を舞台にした韓国人の女の子と中国人の男の子の物語が収められており、終始口語で誰かに話しかけるような(実際には電話をしているという設定のよう)文体でつづられている。この小説が特徴的なのは、主人公も彼氏も異国へ逃げて来た、という立場ではあるもののそういった悲壮感を強く感じさせないことだろう。

しかし読み進めていくと、リアルでシビアな韓国社会の様相が見えてくる。それをいかに乗り越えるかを描いたのが表題作「屋上で会いましょう」であるだろう。実際に乗り越えるのは容易ではないかもしれないが、ちょっとしたライフハックのように、目の前の現実を少し違った攻めようとするキャラクターが魅力的である。おそらくチョン・セランもそうした表現を得意としているからこそなおのこと魅力的に映るのかもしれない。

その他「ボニ」には死の匂いが満ちているのに、これも死そのものを正面からではなく変化球的に扱うことで独特の雰囲気を、そして人間関係を形成している小説で好きだ。

「ハッピー・クッキー・イヤー」は当初匿名で書かれた小説で、主人公も非韓国人男性というこれまでのチョン・セランとは違う系統のものだが、そういう見せかけの違いがいかに作家のイメージを変容させてしまうのかといった問いに挑んだものだとも言える。読めば読むほど紛れもなくチョン・セラン的な、ユーモラスさと切実さの両方が入り混じっていることもよく分かる。

そしてこれはどの作品にも言えることだが、人間への愛に満ちている。だから「ヒョジン」や「ボニ」や「ハッピー・クッキー・イヤー」のような小説が書けるのだと思う。愛の形は様々で、悲喜交々で、そうした様々な人間ドラマを書けるこの作家の才能が存分に発揮されている、とても魅力的な一冊だ。

[2020.11.18]

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Written by バーニング

90年生まれ。アイコンは@koyomi_matsubaさんデザイン。連絡先:burningsan@gmail.com

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