読書メーターの記録によると約二年前に読んでいたがあまり強く印象に残らなかった。しかしそれはkindleで読んだせいかもしれないと思い、今回紙の本で読み直してみると、これはいい再読の機会だったと思えた。少し前に百合作品が好きなオタク友達であるレロさん(@rero70)と本作についての話題になり、本シリーズが「ささつ」という略称で呼ばれることも知ったわけだが、なるほどこれは、非常にシンプルでありながら意味深なタイトルになっているなとも確認した。
『やがて君になる』ではメインヒロインである七海燈子に想いを寄せながら、同時に生徒会の後輩である小糸侑を牽制する存在として佐伯沙弥香は描かれていた。これはマンガでもアニメでも、そう大きな違いはない。アニメでは自動販売機の近くで二人がやりとり(というか腹の探り合い)をするエピソードが印象に残ったが、簡単に言えば燈子を軸とした三角関係が物語の中心軸である(もちろん、単なる三角関係にはとどまらない)。
その本編において、佐伯沙弥香は作劇上どうしても存在感は薄い。主人公は小糸侑であって、彼女は基本的にずっと燈子を追っている。燈子もまた、侑という後輩に惹かれ、じゃれたりからかったりする様子がたびたび演出されている。ゆえに沙弥香は、常に脇に置かれてしまっているのだ。彼女は侑とは牽制し合いながら、燈子に対する想いも秘めたまま学校生活を送る。ただ逆に言うと彼女だけが、二人のことをずっと観察している。
本シリーズはその沙弥香が主役となる物語である。つまり、ずっと二人を観察していた沙弥香の視点で、『やがて君になる』が描かれることになる。小糸侑視点の本編がA面だとするならば、本シリーズはさしずめB面のようなものだろう。そして面白いのは、三人が出会う高校生活をB面から描く前に、まずは佐伯沙弥香という女の前史を辿るところから始めていることだ。
本書には二つのエピソードが前史として収録されている。それぞれ小5と中2という、思春期の階段を意識するとすると絶妙な年齢の設定だ。特に最初のエピソードでは、思春期の入り口に差し掛かった沙弥香の戸惑いが繰り返し描かれることによって、沙弥香が自分は女性だと気づくまでのステップを追体験できる。そして、次の中2の時の部活の先輩とのやりとりにおいて、沙弥香の飛躍も見られるのだ。
中2の時の体験は、女性との恋愛という意味では一つの飛躍でもありながら、挫折でもある。そう、恋愛とは常にうまくいくわけではないし、むしろうまくいかない方が物語として魅力的になってしまう。ただ、どちらのエピソードにも共通するのは(疑似的なものも含む)恋愛関係における小さなイベントの繰り返しが、いかに感情にインパクトを与えるか。そしてその感情の揺れ動きがいかなるものであるのかを、入間人間は一つ一つを取りこぼさないように丁寧に書く。同じく女子学生同士の親密な関係を主題に据えた『安達としまむら』の経験が、何らかの形では生きているのだろう。
1巻のレビューの割に少し長くなってしまったが、それくらい残り2巻への期待が高まるような、秀作である。
[2021.7.7]