依存症とその対策や治療の要点を「つかむ」ための一冊 ――原田隆之(2021)『あなたもきっと依存症 「快と不安」の病』文春新書

バーニング
Apr 13, 2021

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本書にも実際に紹介されているが、原田隆之は2000年代に刑務所における特別改善指導のプログラム開発に大きく関わった一人だ。犯罪心理学や精神保健福祉に長けた原田はこれまでも一般向けの新書をたびたび書いており、本書もそうした一般向けに書かれた本の一つ。これまでは痴漢やサイコパスなど、特定の犯罪病理に特化して本を出してきた印象もあるが、本書のテーマはズバリ依存症である。

本書の扱う依存症の範囲は広い。世界的にも治療対象の依存症として認定されている薬物依存症やアルコール依存症、あるいはゲーム障害を含みつつ、糖質依存症や性的依存症といったトピックも取り上げている。依存症による行為が犯罪かそうでないか、あるいは医療による治療対象なのかどうかは地域差があるが、それは前提とした上で人間はそもそも生物学や心理学的に依存症に陥りやすいのだ、と風呂敷を広げて話題を展開するのが本書である。

本書は新書一冊の中で幅広い依存症を扱っているため、薬物依存症やアルコール依存症など、個別の依存症への具体的な対策や治療のアプローチを知るには他の本や情報をさらに当たっていけばよいと思うが、その上で本書は依存症とその対策や治療の要点をつかむために適した一冊だと言える。

要点をつかむためにまず提示されるワードが「快と不安」という二つの要素。この要素がいかにして依存症に結びつくかは本書に詳しく書かれているので紹介しない。個人的にはこの要素以上にp.31に例示されているマトリックスが本書の導入として意義が大きいと感じた。

このマトリックスは縦軸を依存症への本人の責任度合い、横軸を脱却への本人の責任度合いをとる。いずれもが大きいのが刑事司法モデルで、いずれもが小さいのが医療モデルとされている。しかし、刑罰を与える刑事司法モデルでは再犯を防止する効果が弱い。また、医療モデルによる治療には一定の効果があるものの、本人の責任をあまり追及しないことで(全く追究しないわけではない)本人の内省やモチベーションを喚起しづらい構造を持つ。

したがって、依存症の対策や治療に取り組むには従来の刑事司法モデルと医療モデルに加え、中間の方法が必要とされる。脱却への本人の責任が小さい(かつ依存症への本人の責任は大きい)スピリチュアルモデルでは自助グループが活用されている。これはアルコール依存症の自助グループAAや、薬物依存症の自助グループダルクなどが有名だ。また、依存症への本人の責任が小さい(かつ脱却への責任は大きい)方法として認知行動モデルが紹介されている。ここでは認知行動療法や動機付け面接、アンガーマネジメントなどが取り入れられている。依存症の類型にもよるが、認知行動療法や動機付け面接には治療効果の強いエビデンスがあることも紹介されている。

どこの国、時代においても依存症に対しては偏見が大きく、偏見にさらされる人たちはスティグマを押されることが多い。そうした周囲の偏見は差別によって、依存症に当事者を社会的に包摂することが困難になっていく。そうした困難さを強化してきたのが治療よりも刑罰を重視する従来の刑事司法モデルだったため(刑事司法モデルそのものを著者は全否定しているわけではない)このモデルへの傾倒からいかに脱却していくかや刑事司法モデル自体のアップデートを行う事が重要だろう。後者はまさに著者が過去に取り組んだ仕事でもあるし、現在はフィリピンのドゥテルテ政権における薬物犯罪への取り締まりに対して処罰だけではない方法の導入を支援しているという話も紹介されていて興味深く感じた。

依存症からの離脱は、何より当事者の人生を大きく変えることにもつながる。私たちはいったいどのような社会に生きていて、社会の構成員みんながハッピーに生きるために社会は何ができるのか、そうした展望まで示してくれる一冊だ。

[2021.4.13]

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Written by バーニング

90年生まれ。アイコンは@koyomi_matsubaさんデザイン。連絡先:burningsan@gmail.com

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