勝つことだけを考えた8年間と、一貫した緊張感 ――鈴木忠平(2021=2024)『嫌われた監督――落合博満は中日をどう変えたか』文藝春秋

バーニング
Dec 16, 2024

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ちょうど3年前(2021年)の冬に読んではいたが、文庫版のオリジナル要素(2007年日本シリーズの完全試合継投話)も含めて読み返したいなと思いながら読んだ一冊。ちなみにこのタイトルを聞いたとき、最初に思いついたのは中村計の『勝ち過ぎた監督』だった。

駒大苫小牧を率いて幻の3連覇を達成しようとしていた香田監督の背負っていた「負けてはいけない」と、プロ野球の監督を務めていた落合のそれとはもちろん異なる。たた、香田の幻の3連覇にしろ、落合の2007年日本シリーズ完全試合継投にしろ、「前代未聞の領域」に挑んだ点で似ているなと感じていたのである。

香田は西部ガスに転じたあとに多くのインタビューを受けているし、落合は最近youtubeで時事放談的に様々な野球の話題に言及している。だが、中日の監督を務めた当時の落合は「語らない監督」として知られていた。この大前提で始まる最初のエピソードが、2004年の開幕投手に選ばれた川崎憲次郎のエピソードである。

ヤクルトから中日に移籍した後の川崎はケガに悩まされており、1軍での登板もままならなかった。そんな川崎をオールスター投票1位に「祭り上げる」運動が当時のインターネットで起きていたこともうっすら覚えている。その川崎を開幕投手に指名したのは落合である。しかしその事実は落合と川崎しか知らない。川上憲伸でもなければ山本昌でもない。いったい誰が開幕で投げるんだ……監督就任初年度にして、バックヤードでは緊張感に満ちている様子が伝えられる。それがこの本のスタート地点と言って良い。

そう、落合政権とは何だったかを振り返ると、一貫して張り詰めた緊張感が存在したことなのだと思う。シーズンが終わり、あっさりとクビを切られるのは選手だけでなくコーチも同様である。引導を渡されるエピソードでは川崎に続き立浪に関するくだりが強烈だが、詳細は明かされていない部分も多い。ただ、ほとんど全権状態の落合を前にして「歯向かう」ことはそのまま返り討ちを意味しているようなものだったのかもしれない。

谷繁元信に関するエピソードを読んでいても同様のことを思う。横浜から中日にFA移籍後、選手兼任監督を務めるなど長くして中日を支えた功労者の一人であり、2007年日本シリーズで完全試合継投を完成させた時の捕手でもあった。長く中日の正捕手と言えば、谷繁がいた。しかしその谷繁ですらさすがに衰えを見せるこの本の後半では、容赦のない対応を見せ、バックヤードで激高する様子がつづられている。やはり落合政権には一貫して緊張感が存在するのだ。誰であっても、例外ではない。

ただ同時に、この落合政権で飛躍した若手の存在についても目を配られている。アライバと呼ばれた二人の内野手(荒木、井端)や森野や福留、そしてアメリカに行った川上憲伸の後にエースになる必要があった吉見など、中日が「強くなっていくプロセス」が躍動感とともに伝えられる。緊張感が生むのは先の見えない競争かもしれないが、それは若手にとっては出場機会を掴み、成長するチャンスでもあったのかもしれない。そしてトニ・ブランコという存在もまた、落合政権下の中日では欠かせない打者だった。

いずれにせよ、とにかく落合にとっては勝つことだけを考えた8年間だったのだと思う。それは先のことをもっと考えるべきだというスカウトサイドの声を消してしまった8年間でもあったのかもしれない。落合政権が終わって10年以上経つが、その間の中日ドラゴンズは一度も優勝を経験していない。2位から下克上で日本シリーズに進んだ年があった時代とは、まるで変ってしまったのである。

逆に言うと、今振り返ると「失われた栄光時代」とも言える8年間に何が起きていたのかを改めて振り返るには最良の一冊だ。なぜこの8年間だけは特別だったのか。大矢博子が「ノンフィクションなのに、まるで骨太なミステリー小説を読んでいるかのようだった」と評しているのは見事である。謎が多い時代だからこそ、読みごたえも十二分にある。

そして文庫版に追加された2007年の日本シリーズのエピソードが本当に素晴らしいわけだが、それ以外のエピソードもまるで目の前で見た来たかのようにつづる鈴木忠平の文体の完成度がすさまじい。スポーツノンフィクションとしての一つの到達点にもある思いがした。

[2024.12.17]

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90年生まれ。アイコンは@koyomi_matsubaさんデザイン。連絡先:burningsan@gmail.com

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