地方行政と地方政治の仕組みゆえのダークミステリー ――米澤穂信(2019)『Iの悲劇』文藝春秋

バーニング
Sep 24, 2022

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ひさしぶりに読んだ米澤穂信だが、彼らしい毒たっぷりミステリーという感じで非常に面白かった。短編の切れ味の鋭さをそれぞれに発揮しながら、最終的に大きなどんでん返しを用意するのもおなじみと言っていいだろう。『儚い羊たちの祝宴』を思い出す。

本の刊行は2019年だが、最初の短編の初出が2010年のため、おそらくゼロ年代中盤に進行した平成の大合併後の地方が舞台になっている。合併によって面積だけは大きくなった地方のある市を舞台にした、連作ミステリーという構成。

筆者は大学の卒論で岩手県の新一関市を舞台にした合併の経緯を調査したことがあるが、一関のようにもともとあった大きな市が中心となり、周辺の市町村を巻き込む形が全国的に珍しくなかった。そのため、もともと規模が大きく、合併協議のプロセスでも中心的な役割をした市に新庁舎が置かれ、周縁の市町村の庁舎が出張所のような形に留め置かれることが珍しくない。本作の主人公もまた、その周縁の出張所におけるIターン誘致を任された部署に勤務する地方公務員だ。

米澤がそもそも地方行政をミステリーの舞台にして何を書くんだろうと思ったが、まずはキャラクターがそれぞれに面白い。普段は仕事をしないはずだけど肝心なところで仕事をこなす西野課長は、中盤に明かされるように大魔神(こと元横浜ベイスターズの佐々木主浩)の異名も持つ。この異名はオチにつながる最大のヒントでもある(主人公が野球に詳しければもっと早く勘づいたはずだ)。

そして、主人公のコンビを組むことになる新人の課員、観山。彼女もまた、なかなかの曲者なのだが、素なのか演技なのか判別しかねる彼女の言動はたびたび主人公を困惑させつつ、しかし彼女もその都度重要な仕事をこなしていく。勘のいい読者は途中で察するはずだ。本当に彼女はただの新人公務員なのか?

ある程度の伏線は第5章ですでに張られているが、結果的に、二元代表制である地方政治の対立構造と過疎化が進み地方財政に苦しむ自治体が、米澤ミステリーの題材として完璧な舞台になっていたことが最後に明かされる。二元代表制、つまり首長と議会の選挙は多くの場合別の機会に実施される。国会のように、議会が首長を選出するのではなく、住民がそれぞれに選出するため大統領制に近いともよく指摘される。

首長は自身の過去の実績をもとに選挙を戦うので、多くの場合は現職有利に働く。その旧市長を破って当選したのが飯子市長で、飯子の肝いりのプロジェクトがIターン推進プロジェクトだった。その飯子の外には、飯子が置いた2人の副市長(副市長は選挙で選ばれないのもポイント)と、議会、そして実際に仕事をする役人たちの存在がある。

こうした地方政治、あるいは地方行政におけるアクターやキーパーソンの配置を指摘しつつ、絶妙に動かすのが米澤の上手さだまさに、地方行政と地方政治の仕組みゆえに完成されたダークミステリーである。そして、最後により強いく、より苦い毒をしっかり残すあたりは、極上の米澤節と言ったところだろう。改めて恐れ入る。

[2022.9.24]

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Written by バーニング

90年生まれ。アイコンは@koyomi_matsubaさんデザイン。連絡先:burningsan@gmail.com

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