足かけ10年かけた『天冥の標』を完結させた小川一水だが、昨年出たこの短編集もなかなか個性的なキャラクターやアイデアが豊富で楽しい。長いものをじっくり書く一方で、細かなアイデアを小出しにしながらかつ短編小説としてのクオリティも担保するあたりは、職人的ですらある。
小川一水の小説は、その時その時のお話ごとに文体やらキャラの特性をうまく変えることに定評がある(と思っている)わけだけど、たとえば表題作のようにSFとファンタジーを組み合わせたようなお話を書くこともできれば、「星のみなとのオペレーター」のような、ある少女が宇宙の片隅で(ほんの束の間)活躍するような、短いアニメにでもできそうなお話を書くこともできる。だから小川一水の小説は、多才で多彩で、そして楽しい。
というわけで、個人的には表題作も悪くはないが、その「星のみなとのオペレーター」と「リグ・ライト――機械が愛する権利について」が非常に秀逸なので、この二点に絞って文章を書き進めたい。前者は元々『星海のアーキペラゴ』という同人CDの企画の一環で、たまたまM3で入手したのでこの小説もその時に読んでいたが、逆に言えばそのタイミングでなければ読めなかった小説をこうして一般流通の本として読めるのは価値が高い。
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もちろん、本の特性上CDと合わせて楽しめればなお良しなのだけれど、リンクに貼ったように中古市場ではだいぶ高騰しているので、興味がある方はどうぞ、というところにとどめたい。ただ、音楽は非常に素晴らしくて、おススメである。
この短編はファーストコンタクトものでもありながら、Smileことすみれという少女の成長譚、冒険譚でもある。彼女の軽やかなノリをそのまま最後まで引き継ぎながら、シリアスすぎない展開に持っていくあたりはお手の物といったところで、そういう手腕はたとえ本作の作風がライトノベル的であったとしても、平凡なライトノベル作家がマネできるところではない。彼女の名前にこめられたいくつかの狙いが最後の方に奇跡的なインパクトを残すのもストーリーの運び方としては鮮やかだ。そして何より、最初にも書いたが軽やかでかつ楽しい。わくわくするような未来の一ページである。
それと比べると、 「リグ・ライト――機械が愛する権利について」は舞台が2024年であり、自動運転技術やロボットやAIの技術が現実世界の延長線上にあるということや、ある人の死から始まるという点でシリアスな大人の世界の物語だ。こういう風に作風をガラっと変えながら、しかし日本SFでいうち神林長平や長谷敏司などが好んで書いて来たような題材を小川一水なりに料理した秀作である。こういった短編を書きおろしで読めるあたりもぜいたくな一冊だ。しかしこれは、果たして「百合」と言っていいのだろうか。
そんなこんなで、タイミング的に 『天冥の標』と重なる中で書き続けられた短編小説群も長編とは違った楽しみや読み応えがあるということを、改めて書き記しておきたい。それこそ、この作家の持ち味がよくわかるものだからだ。
[2019.3.31]