多様な死に際をみつめ続けることと、戸惑い ――佐々涼子(2020)『エンド・オブ・ライフ』集英社インターナショナル

バーニング
Jun 23, 2021

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つくづく、ドキュメンタリーは難しいものだなと思う。題材の選定、取材対象者との関係づくり、企画から制作までにかかる期間やコストに見合う評価が必ず得られるかはわからない。そして、取材を試みる側を純粋にカメラとして利用するのか、それとも私的な要素を加えていくのか。いずれの手法を取ったとしてもドキュメンタリー、あるいはノンフィクションは成立する。一つの成果物として。

例えば下村幸子によるドキュメンタリー映画『人生をしまう時間』及び著書『いのちの終い方』も、本書と似たテーマを扱う。高齢の在宅専門医に密着した下村のドキュメントは、さながら老老介護のような趣を見せる。主人公は医師なので実際は老老診療だが、治療そのものよりもゆったりとした会話が印象に残るドキュメントになっていて、そのゆったりとした時間の後に死が訪れるという形にカメラがとらえていた。つまり、日常と死は直線的につながっている印象を強く受けたのだ。

本作はもう少し複雑な構成をとっている。まず、2013年~2014年のパートと、2019年のパートに大きく分かれている。そしてこのパートは時系列ではなく、入れ子のように配置されている。

2013年~2014年のパートでは主に佐々涼子の母を追う。60代になって難病に罹患した佐々の母は、父による在宅での介護を受ける日々を送る。その父はまるで職人のように、母の介護を一心に背負う。娘である佐々に対しては介護のことは気にせず自由に仕事をしてほしいとのメッセージを伝えるのは一つの親心だろうが、同時に佐々の中に両親との心理的距離を生んでいることも伺わせる。そうした佐々の戸惑いと、佐々の父と母による時間が別々のものとして流れていく。

2019年のパートでは京都にある在宅専門の診療所を取材し、在宅医療を受ける多くの患者をドキュメントしている。多くの患者と家族が登場し、そしていずれの患者も若い。一部に高齢の患者も出てくるが、多くは若くしてガンを背負いながら、残された家族との時間を過ごす患者の日々を追っている。

そうした残された少ない時間の中で、医療者が患者の願いに付き添うこともある。最後に潮干狩りに行きたい、あるいは最後に東京ディズニーリゾートにいいきたい。これらの願いの多くは制度の想定する範囲を超えているものであるが、積極的に患者の最後の願いに向き合っている様が印象に残る。いわば、死の間際のQOLとはいったいどのようなものであり、それはいかにして実現されうるのかの、一種のドキュメントである。

もう一人、2019年のパートでは森山という男性看護師を熱心に追っている。森山にはステージ4のがんに罹患していることが発覚し、その森山が自身のがんといかに向き合っているかが随時レポートされる。訪問看護の世界で多くのがん患者を見てきた森山であるが、しかし自分がいざ当事者になった時、自分を客観視することは困難になる。

やがて森山は佐々の予想もしない方向へと闘病生活の歩みを進めていく。ここにもまた、佐々の戸惑いがある。自分の中の違和感を文章にしたためながら、同時に当事者ではない自分が森山の意思を簡単に否定できないこと、簡単にジャッジできないことを悟る。

人間の死は実に多様なものである。周囲がよかったねと喜び合うような死もあれば、悲しみに取り残される死もある。死が多様であるということは、そのまま人間の生きざまが多様であるということでもあり、一人の人間の周囲にいる人たちもまた多様である。

日々そうした患者、患者家族、そして医療者を取材し続けた佐々の心の内に生まれる様々な戸惑いこそが、実は本作の重要なテーマだったのではないか。結果的に2013年~2014年にかけて母を看取り、2019年には取材対象者を看取ることとなる佐々の存在は、在宅医療の当事者の目線そのものでもあったはずだからだ。

多くの患者家族が戸惑いを語るように(あるいは、看取りを終えたあとの感慨を語るように)佐々の中にも複雑な感情が積みあがってゆき、そして氷解する瞬間がある。こうした佐々の感情の動きをそのままに記録していることが、本作が単なる医療のドキュメンタリーではなく、ごく私的な体験や感情も含んだ形のドキュメンタリーとして成立することに寄与していると言えるだろう。

以前読んだ『紙つなげ!彼らが本の紙を造っている:再生・日本製紙石巻工場』も取材対象者との私的なつながりを書き込んだことで成功したタイプのノンフィクションだったと受け止めているが、本作もまた稀有なドキュメントであり、すぐれたノンフィクションである。

[2021.6.24]

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Written by バーニング

90年生まれ。アイコンは@koyomi_matsubaさんデザイン。連絡先:burningsan@gmail.com

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