女性性に惹かれながら、揺れ続ける実存とジェンダー ――山下紘加(2020)『クロス』河出書房新社

バーニング
Feb 18, 2023

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デビュー作の『ドール』に続いて、性的な執着を抉らせていく物語だけど、前作とは違う、ちゃんと仕事もしている成人男性の壊れ方を書いているのが印象的。いろんな女や男がでてきて、そのたびに観察に余念がないのも面白い。

浮気している女性(愛未)の思い付きをきっかけに女装にハマっていく主人公・市村の物語だが、タイトルの「クロス」は異性装者を表す「クロスドレッサー」であるとともに、女装を通して交錯(クロス)する人間関係を指しているように思う。もっと言えば、男性の肉体や性器を持つ自分の男性性と、女性化する外見とのジェンダーのクロスともとれる。あるいは、妻を持ちながら浮気相手との時間を持つことに余念のない、感情のクロス。

市村の行動や感情を逐一追いかければ追いかけるほど、他者に対する不誠実さ(主に浮気)と、異性装に対する誠実さ(というか、沼落ちのようなそれ)とのアンバランスさが際立ってゆく。アンバランスなのは彼の中の実存でもある。

物語の序盤と後半では異性装のまま男性と性行為に及ぶシーンが描かれているが、ここでは隠せない性器の存在と、見た目とのアンバランスさを否が応でも相手の男性に直面させることになる。別々の男とのそれは、対照的な反応も含めて面白い。

手の中で徐々に萎縮していく男の首と、血の気を失った永井の顔を交互に見ながら、妙に冷静に、このままだと、自分はこの男を殺してしまうと思った。それなのに、カを緩められない。永井が、私の手に自分の手を重ね、上から爪を突き立てた。瞬間、呑み屋で酔った永井が「かわいい」と声を掛けてきたのを思い出す。あのとき、私はやはりどこか嬉しかったのだろうか。心臓の鼓動が激しく、ストッキングの奥で形を変えてゆく自分の性器を情けなく思う。 楽器のようにふたつの性が肉体を奏でている。どちらかの性に引き寄せられるように肉体が鳴り、唸り、何かを求め、何かに抗おうとし、何かを取り込もうと交差する――。(p.107)

市村は最初は愛未からメイクを教わる程度だったが、女装クラブでまた別の異性装者(男の娘とも言う)から教わり、やがては自分で鏡の前に立って一人ファッションショーをするようになる。見た目にとどまらず、内面の部分も含めて「女性性」に惹かれて(あるいは落ちて)ゆく市村の感覚と、周囲が市村を見る目線とのギャップは開いていく。

「自分」が揺らいでいく。周囲が見る「自分」はどこかに行ってしまったと気づく。しかしながら、「自分」という身体と実存は、常に変化のない固定的なものなのだろうか。市村の変化に対する違和は、常識を疑うこととセットであるべきなのかもしれない。「変化しない自分」なんてものは存在しないのだと。

[2023.2.18]

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Written by バーニング

90年生まれ。アイコンは@koyomi_matsubaさんデザイン。連絡先:burningsan@gmail.com

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