子育て支援に必要な知見がコンパクトに凝縮された一冊 ――山口慎太郎(2021)『子育て支援の経済学』日本評論社

バーニング
Apr 27, 2021

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育児の話題はネットでもたびたび話題になる。また、結婚し、出産した後に育休をどれだけ取得するのかという話もよく耳にする。ただ、どういったチョイスが個人として合理的で、より正解に近いと言えるのか。あるいは客観的に、どういった政策支援がどのような家庭や子どもに対して効果を発揮しているのかといったディティールの議論はそこまで活発ではない印象を受ける。(職業や所得、生活する地域などの個人差が大きい、ということは考慮した上で)

子育て、という共通項も多ければ個人差や価値観の差(労働のスタイルや子どもの育児方針など)も大きいこの分野だからこそ、国内外の実証研究をサーベイランスし、具体的な政策提言にまで繋げている本書の価値は大きいと感じる。EBPM(エビデンスに基づく政策形成)といった言葉が、とりわけ政治や行政の世界では定着していない中、本書がこの分野に関心を持っていたり実際に携わったりする人たちにとっての先駆になればよいと思えた。

また、一般向けと専門家向けの両方の読者ニーズを満たすような構成にも感銘を受ける。一般の読者に向けては数学の知識が必要な部分はあえて章末に置くような配慮をしつつ、本書で紹介されている研究手法(RDDやDiD)を自分で行うために必要な知識をテキストのような形で紹介しているのも面白い。国内外の情報をまとめた参考文献リストも実用的だ。

本の構成としては三部構成になっている。まず子育て支援と出生率の関係について書かれた第一部。ここでは少子化がなぜ社会問題であり政策課題化されるかというテーマから始まり、現金給付の効果や保育支援(保育所の整備や保育料のコントロール)の効果について検討している。

また、男性の家事育児参加割合の高さが出生率の高さと相関するというデータを紹介し、ジェンダー平等性を推し進めることがが出生率の向上に結び付くかどうかを実証的に検討する章は面白い。

男性の家事育児参加時間は様々議論されているが、それは従来家事育児に長く時間を割いてきた(あるいは、それを強いられてきた)妻のため、つまり妻の負担を減らすことで妻のストレスを減らそうといった文脈で話題になることが多い印象を受ける。そのため、ジェンダー平等性が出生率向上につながるのならば、男性の家事育児参加は妻のためでもあり、もちろん育児対象である子のためでもあり、そして社会のためにもなるという、かなり重要な要素を握っている可能性もある。

続く第二部では子育て支援は次世代への投資といった観点で、育休政策や幼児教育について検討していく。また、保育園は子どもだけではなく親も育てるのではないのかという第7章の実証的な試みは面白い。保育園はどの親も等しく育てるわけではないが、保育ニーズの高い母親(特に低所得の母親)にとっては一定の効果が伺えるという推定が紹介されている。ゆえに保育園の整備や保育の質の確保は、子どものためならず母親のためにもなる可能性がある。

ただ、日本の保育園の利用調整制度は一般的に就労日数や時間が長い方が点数が高い。つまり就労時間が少ない(所得が相対的に高くない)母親の保育ニーズを十分に反映させられていないという指摘は、かなり重要な要素だろう。

最後の第三部は女性活躍といった話題を取り上げる。ここでも育休政策や保育の話題を扱っている。さらに、「保育制度の意図せざる帰結」という切り口で、現行の保育制度が予定していなかった制度的・政策的帰結について実証的に紹介している。

たとえば単に認可保育所を整備しただけでは、祖父母による保育から保育園による保育に変わるだけ(こうした現象をクラウディングアウトと呼んでいる)で、母親の就業増加には必ずしも関係していないという実証研究が紹介されている。さらに、先ほど挙げた利用調整についても再度検討しており、この仕組みも一種の「意図せざる帰結」を生んでいることを紹介している。

政策は難しい。他国の政策をそのまま取り入れてもうまくいくとは限らないし、政策効果を検証するにはそれに足る十分な時間やデータ、そして何より分析手法に適した条件が必要である。その上で本書は、分析可能なデータと分析手法を提示し、何が分かっていて何が分からないか。あるいは、どのような政策効果がある(ない)のか。こういったパズルを一章ずつ解いていくのだ。

こういった作業とその結果を一つずつ重ねていく著者の姿勢に随所で感銘を受ける一冊だ。「子育て支援は次世代への投資」という観点も頭の中に入れながら一章ずつ丁寧に読むことをお薦めする。

[2021.4.27]

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Written by バーニング

90年生まれ。アイコンは@koyomi_matsubaさんデザイン。連絡先:burningsan@gmail.com

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