一穂ミチが本格的に一般文芸に進出し、直木賞にもノミネートされたことで話題になった一冊。直木賞にノミネートされた際、おそらく多くの読者は一穂ミチのことを知らなかったのではないかと思うが、逆にいきなり賞レースに参戦したことで話題になったことはもともとの読者としてはうれしく思う。
以前にも集英社オレンジ文庫から『きょうの日はさようなら』を出しているので、BL以外に初挑戦、というわけではないことを一応記しておいてもいいかなと思う。『きょうの日はさようなら』と本作の共通点を挙げるなら、BL作品では使わないような叙述トリックを使っていることだろうか。ある程度ストーリーの型があって、その中で個性を出すBLと、基本的には何を書いてもいい一般文芸との違いかもしれない。
本書は短編集になっていて、それぞれにつながりはないもののタイトルにあるように、スモールワールズ、つまり小さな世界をたくさん集めました、といったところかなと感じる。それは親子であったり、きょうだいの関係であったり、親族であったりする。それも、少し変わった関係を、優しく包み込むようでいて、危うい人間の欲もしっかり書く。ああこのタッチは、まぎれもなく一穂ミチだなと思うのだ。
外伝を含めて多く出版しているシリーズものである『イエスかノーか半分か』が典型的だが、一穂ミチの書くキャラクターはその会話のリズムでキャラ付けを行うことが多い。本書であれば「魔王の帰還」の姉と弟、「愛の適量」の父と子がそうした一穂ミチらしい味付けが濃厚になされている短編だと感じた。
多くの短編ではミステリーのように叙述トリックを使用することで、思わぬ結末を生む。そこには前述したような人間の欲望を書くことを避けない作家としての強みを感じる。もっともただの欲望ではなく、愛情がある。「愛の適量」ではないが、その愛情の量は様々だ(もちろん欲望の量も様々だが)から、すべての短編が異なる読後感を生んでいる。
それでもすべてに通じるなと感じるのは、小説の中で人間の感情をしっかりと書きたいという作家の意思だ。本書に登場するキャラは、どのキャラもそれぞれが複雑な人間関係を持っている。それに向き合うこともあれば、逃げることもある。そうしたリアルで生々しい人間の感情を正面から書くことに関しては、多くのBL小説の中で数多くのキャラ(男だけではない)を書いてきたがゆえの、作家の実力なのだろうと感じた。
ジャンルに縛られないことにより、一穂ミチの入門書としては完璧な一冊となった。この本をきっかけに、過去の作品も多く読んでほしいと思う。BLというジャンルの中で書いてきた様々な魅力的なキャラクターを、もっともっと多くの人に読んでほしい。
[2022.10.19]