戦時下のパリから1980年代のアメリカへと ――ジャネット・スケスリン・チャールズ(2022=2025)『あの図書館の彼女たち』(訳)高山祥子、創元文芸文庫

バーニング
Feb 10, 2025

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創元文芸文庫は質の高い小説をどんどん文庫化していてうれしい限りだが、この小説もまた他にない不思議な感覚を覚える小説だった。個人的にはこの小説の試みはうまくいっている部分もあれば、そうではない部分もあると思う。舞台となる「パリのアメリカ図書館」が戦時下の空気に包まれてゆく展開は息をのむものがあったが、だからこそ1980年代のモンタナパートが浮いてしまう印象もぬぐえなかった。とはいえ、なぜこの小説がそうした二方向的な展開をしたのかも含め、考えてみたいと思う。

物語の始まりは1939年のパリ。ナチスドイツがポーランド侵攻を始める年に、20歳のオディールはパリのアメリカ図書館に就職する。採用面接で好きな作家を聞かれてドストエフスキーと答える彼女は無類の本好きで、図書館という空間も愛していた。上司であるミス・リーダーや同僚のマーガレット、コーエン教授、そして警察官のポールとの出会い。仕事と並行して描かれる様々な人々との交流がこの小説の持ち味の一つである。

もう一つのパートは1980年代のアメリカ、モンタナ州。ここでは老後を過ごすオディールの姿が近所に住む少女リリーの目線で語られてゆく。リリーはある日母を病気で失うことで、文学になじみ深いオディールを母でもあり、家庭教師のように慕う。他方で父には新しい恋人ができて再婚の話が持ち上がり、リリーの心は揺らいでゆく。そんなリリーにオディールがどのような言葉をかけるのか、そしてリリーの内面にどのような変化が起きるのか。これがもう一つの持ち味である。

純粋にストーリーだけを楽しむのであれば、つまり戦時下における「パリの図書館」で働く人たちや利用者たちがどのような境遇に追い込まれ、どのように生活し、そしてどのような手段で「本を読んでいた」のかについての描写を味わうだけなら、1980年代モンタナのパートはほとんど不要になると思う。ここをカットしても十分に物語が成立するからだ。

パリのパートでは特にナチスとの関係をどのようにコネクションするのか、つまりナチスに隠れた作戦を実行するのか、ナチスを表向き利用するのか(友好的な関係を示すことにより)を問われることになる。パリ陥落の衝撃と、パリが救出される歓喜の中で「彼女たち」は何を思ったのか。なぜマーガレットはあのようなチョイスをしたのか。そしてなぜオディールはパリを離れたのか。いずれにしても戦争は、多くの悲劇を生むだけなのだと(生き残った人々に対しても)強く感じた。

あえて1980年代モンタナパートを挿入したのは、そのオディールをただの悲劇の人として描きたくなかったからかもしれない。まだ若い彼女には、その後の人生の方が長く残されていたこと、働く前から利用者としてアメリカ図書館になじんでいたオディールなら「戦争花嫁」としてアメリカに移り住んだとしても設定上はおかしくないということ。約5年で終わってしまったオディールの図書館での経験が、リリーという一人の少女に受け継がれてゆくということ。その意味では、邦訳のタイトルにある「彼女たち」にはリリーも含めて良いのかもしれない。

文庫帯にある「勇気と絆を描く感動作!」はやや大げさなふりかなと思うが、今もこの世界のあちらこちらでは戦争が続いていて、本や文化を守ろうとする人たちがいるのかもしれないなと思うと、複雑な気持ちにさせられる。本書は歴史にのっとった本で、「パリのアメリカ図書館」は今も存在する。この小説を読み、破壊を免れて残ったものの尊さを実感するべきなのかもしれない。

[2025.2.11]

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Written by バーニング

90年生まれ。アイコンは@koyomi_matsubaさんデザイン。連絡先:burningsan@gmail.com

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