様々な愛情や親密さの形とその時代――ヴァージニア・ウルフほか(2015)『[新装版]レズビアン短編小説集』(編訳)利根川真紀、平凡社ライブラリー

バーニング
Apr 21, 2021

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「レズビアン短編小説集」というコンセプトと、ヴァージニア・ウルフに目を引かれて購入した一冊。ウルフの他に知っている作家は村上春樹の翻訳がある『結婚式のメンバー』のカーソン・マッカラーズと、ヘミングウェイのエッセイにたびたび登場するガートルード・スタインくらいだったが、19世紀~20世紀にかけての英米を中心としたさまざまな女性作家を扱っており、表現のバリエーションも短編ごとに豊かでどの短編も面白く読むことができた。

詳しくは訳者による解説「本書におけるレズビアンの定義」を参考にしてほしいが、本書に当てられている「レズビアン」の広義の女性同士の関係性だと言ってよい。この感覚は、日本のオタクカルチャーにおける「百合」に近しい。つまり、性愛の介在を必ずとも前提とはしないまでも、一般的な異性愛や、あるいは同性間の友情ともまた異なるものを作家たちが表現している。その表現は必ずしも自由だったとは言えず、キャラクターの年齢や描写の内容には気をつかっているらしいことも訳者の解説で詳しく語られている。(当時の読者、批評家などを意識せざるをえなかったのだろう)

先ほど表現のバリエーションといった話題に触れたので少し内容を紹介しよう。例えば冒頭のジュエットによる「マーサの愛しい女主人」はヘレナという女性に仕えるマーサの感情をマーサ視点で書きつづっている。明るく元気で素直なヘレナに対して感情をあまり露出させないマーサの関係を書く中で、そのヘレナの存在にいかにマーサが救われてきたかを短い中でつづっているのが素敵な短編だ。

他には5歳離れた姉が人並みの恋愛をすることによって男の存在を醸し出すことに嫌気をさすマッカラーズの「あんなふうに」は、短い中で初潮前後の少女の感情の揺れ動きを描いた秀作。また、ウルフの名作「外から見た女子学寮」はこれも短い短編ではあるが、「女子学寮」という場所、空間の尊さを(それが少女たちに教育を授けるという意味も含んでいるはずだ)丹念に描く。「外から見た」とあるように、女子学寮の中で起きていることを外側から観察して解釈するという試みが面白い。閉ざされた空間における女性同士の関係は、修道院を舞台にしたディネセン「空白のページ」にも見られる。

女性どうしの交流を前面に出すことによって、これらの作品には特有の時間感覚、現実感覚が現れていることも見逃せない。これはウルフの「存在の瞬間」に見られるような意識の流れの手法とも繋がってくることになるが、いわば女性たちは、希有な相互交流を通じて、自由で重層的な時間、あるいは特権的な瞬間を生きることが可能になる。具体的には、それはしばしば遠い過去への立ち戻りや往復運動として表象される。

(中略)

このように全人格的に生きようとする女性に対し、社会は往々にして限定された役割を課し、一面的に生きることを強要した。既成の女らしさを押し付ける社会への抵抗が、異性愛恐怖、異性愛嫌悪のかたちで提示される一方で、キャザーの「トミーに感傷は似合わない」やホールの「ミス・オグルヴィの目覚め」、マッカラーズの「あんなふうに」に見られるように、どちらかといえば男性に対して仲間意識を感じ、「男性」のように行動する女性たちが登場し、結果として既成のジェンダーに対して問い直しがなされているのも、わかりやすい特徴である。社会の側の女性嫌悪が内面化されることによって、彼女たちは女性どうしの連帯を表面上避けると同時に、真の愛情の対象としては女性を選ぶといった行動パターンをとることになると思われる。(pp.348–350)

少し長くなったが訳者解説より利根川真紀の文章を引用した。先ほども少し触れたが本書の解説は収録されている短編小説の書かれた時代背景を文学史的、社会史(フェミニズムの歴史も含む)的に理解するための一助となる素晴らしい文章であるので、こちらも必読である。

ジェンダー平等や多様性が謳われる(しかし法制度や慣習はまだまだ周回遅れであり、「社会は往々にして限定された役割を課し、一面的に生きることを強要し」ていることが多い)現代だからこそ、改めて読む価値のあるアンソロジーだ。フィクションを通じて、近現代の歴史上に生きて来た女性たちの真摯な声を聞くことができるから。

[2021.4.21]

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Written by バーニング

90年生まれ。アイコンは@koyomi_matsubaさんデザイン。連絡先:burningsan@gmail.com

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