死にゆく女の子を救うことはできない ――高橋弘希(2017)『日曜日の人々(サンデー・ピープル)』講談社

バーニング
5 min readMay 13, 2019

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悪くはないけど評価が難しい感じだなあ、と読み終えて素朴に思った。高橋の小説はデビュー作『指の骨』以降、死に直面した、あるいは死につつある人の状況に関心があるのはおなじみのことのように思う。つまり高橋の小説において常にハッピーエンドは常に約束されない。だから『指の骨』しかりだが、高橋の表現しようとする死、つまりあるキャラクターが滅びていくまでのプロセスを、読者は追体験すると思いながら読むものなのだろうと思っていた。

今までと比べると死ぬことへのアプローチがやや変化球だなと思った。まず主人公が死ぬわけではない。従妹であり、好意も持っていた奈々の突然の死の理由を、彼女の遺留品をもとに「探偵的」に探っていく物語になっている。「REM」と呼ばれる自助グループに潜入取材するという意味ではジャーナリストっぽくもあるが、彼の目的は公益ではなくて私的なものにすぎないし、さらに言えば多分に感傷的なものであるから、ジャーナリズムとは違う感覚だと理解している。

興味本位で怪しげな自助グループに潜入していく小説は少し前に宮内悠介が『彼女がエスパーだったころ』で一編書いていたが、宮内の小説にある軽妙さはなく、気づいたら少しずつのめりこんでいくのが本作の主人公、航だ。なにせ大学を休学までして潜入していくのだから(しかしきっちりアルバイトをして自分の生活を防衛していく堅実さも持っている)。しかしまあ、休学してまで奈々の死の理由を追跡するのだから、これは完全に奈々に囚われていると言ってよい。

あとは、囚われているのは奈々そのものなのか、奈々の死の理由なのか、あるいはその両方なのかといったところだろう。というのは航はREMに通うなかで仲良くなったひなのという拒食症の女の子と少しずつ懇意になっていく。

もちろんそれはある程度は奈々の残像というか、奈々をダブらせているからであって、ひなのと仲を深めていく中で奈々の回想が適宜挿入されるのは憎たらしいくらいだが、二人に対して気持ちが割れている航の現状をそのまま追認しているという意味では分かりやすい。死んでしまった女の子は救えないが、まだ生きている女の子なら救えるかもしれない。自助グループに足を運び、懇意になるということはそういう感情を生んでしまう、ということもまたわかりやすく理解できる。

だからなのか、ひなの以外の当事者のキャラクターが薄い。自分の読んでいる印象によるのかもしれないが、リーダー的な存在である吉村もあっけなくいなくなるし、ビスコは森永のビスコをガジェットとして用いる以外の存在理由を持っていないように見える。

結局のところ、奈々について知りたい欲求とひなのを救いたいという欲求、この二つに欲求がフォーカスされていく以上、航の主観においてその他のメンバーはエトセトラに過ぎない。そのこともあってか、吉村やビスコの抱える痛みのようなものは、彼らの言葉を聞いていても空虚に聞こえる。まあそれも、航が実際に空虚なものとして彼らの話を聞いていることの表れなのかもしれないが。

ひなのがいることによって結果的に奈々ひとりに没入しきれない航の存在がやけにリアルには思えるが、彼自身のキャラクターもまた弱くて、結果的に奈々に対してもひなのに対しても中途半端なかかわりで終わっているのも特徴ではないか。つまり奈々の死の理由に近づけば近づくほどひなのを救えなくなるし、ひなのを救おうとすれば奈々からは遠ざかっていく。つまりは二兎を追う者は、というお話であって、奈々を救うこともひなのを救うこともできなかった男の顛末、として読んだ。

だからこのラストは少し意外というか、佐々木敦は文芸時評で「甘い」と書いてあるが、もう一つ付け足すならば「ずるい」だと思う。奈々は死んだがひなのを生かすならば、航が「なにもできなかった」ことは結局どうでもよかったことになるのではないか。「自死遺族」という立場で当事者に対して中途半端な関わりしか持たなかった人間に救いを残すのは甘くてずるいだろう。まあしかし、かろうじて生き残って状態、つまり五体満足とはおそらく言えない状態のひなのに航が今後寄り添っていくというなら、それはそれで別の形として航に対する罰にもなりうるか。

いずれにせよ、航は誰も救うことはできない。最後まで読むことで、なぜ彼が誰も救えないのか(自分自身も含めて)ようやく理解できる。しかしそれをわざわざ200枚の小説として記すには長すぎたのではないだろうかというのが、本作に対する小さくない不満である。

※この文章は2018年6月に都内で行われた読書会に参加した際の感想に加筆修正を加えたものです

[2019.5.13]

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Written by バーニング

90年生まれ。アイコンは@koyomi_matsubaさんデザイン。連絡先:burningsan@gmail.com

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