肯定したい、現実の世界でも ――宮田眞砂(2021)『夢の国から覚めても』星海社FICTIONS

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ひらりさ『それでも女をやっていく』で紹介されていて興味を持って読んだ小説だが、こういう小説が書かれていて率直に良かったなと思った。もちろん自分が知らないところですでに書かれている可能性も高いし、百合を消費する立場であるシスヘテロの男性が「よかった」と言うこと自体のポリティクスがあるよなと思えばまあそうなのだが、そういったことを前提に置きつつも素直に読めてよかった小説だった。

レズビアンで大学院生の有希、ヘテロで男性の交際相手がいる社会人の由香。こうした対比が始めから示される中、二人は最初は互いのセクシュアリティを知らないまま物語が始まってゆく。二人をつなげたのは百合で、二人はコンビを組んで同人サークルを結成するようになった。百合を消費し、百合の描き手でもある二人が現実世界でも接近する。そして有希には、由香に対して明確な恋愛感情と性欲を持っている。

私は多分、ずっと傷ついてきたんだと思う。この女の子同士の恋愛を、ファンタジーとして消費する世界のなかで。挨拶のように”好き”が飛び交う画面のまえで、自分の”好き”ひとついえないままで。
百合の世界があるから幸せなんて、強がりだった。
そばにいられるだけでいいなんて、嘘っぱちだった。
リアルで女の子と触れあいたかった。自分の気持ちを受け入れてほしかった。 好きな子と、心と身体で結ばれたかった。(pp.88–89.)

この小説の優れているところは、こうしたセクシュアリティの揺れを正面から書くところだ。有希も由香も、自分がどういったアイデンティティを持っているかは強く自覚している。とりわけ有希は、由香のことが好きであるがゆえに由香のセクシュアリティを尊重したいと思っている。冒したいとまでは思っていない。

他方で、自分自身の正直な感情(と性欲)の正体にも強く自覚している。だからこそ揺れるし、葛藤するし、飲みつぶれてしまう。この小説は大きく前後半に分かれているが、こうした有希の葛藤と彼女が由香にたいして投げるボールの質の高さを、読者に対しても投げかけ続ける。何が正しいのか、どうやったら実存を肯定できるのか、と。

後半の由香のパートも、これもまた非常によく出来ているし、現代的な問いが多く込められているなと感じた。社会の中の女性の立ち位置の弱さ、女性であるというだけで男性から女性性を求められてしまう悪い(企業)文化に潰されそうになりながら、自分の心まで手放さないようにもがく由香の姿は、ある種現代社会を生きる典型的な女性像の一つとも言える。彼女はこの現実社会でもどこかに生きているはずだと思わせる。

わたしにとって、百合は同性愛を描くものじゃなかった。 女の子が、ただ女の子だというだけで肯定される。だれかに容姿や性格をジャッジされたり、だれかのものになったりするのではなく、ただ女の子自身のままでいられる。そのためには、世界に男がいてはいけなかった。別に、男が嫌いなわけじゃない。でも、かれらの存在はわたしたちをわたしたち自身からなにか別のものに変えてしまうから。 メイクの意味も、ファッションの意味も、喜びも悲しみや怒りの意味も、成功や失敗の意味さえも、全部男のためのものに変えられてしまうから。(pp.149–150.)

夢の国、というワードがタイトルにあるように、夢の国とされる創作百合の世界(この場合、現実ではなくフィクションという意味では一次も二次も含めて良い)と、現実を生きる生身の身体とそれぞれのセクシュアリティを持つ女性像は容易にはつながらない場合が多い。

由香のパートでは『マリア様がみてる』を思わせるコンテンツへの言及が出てくるが、現実離れしているからこそその世界観に憧れながら、現実に戻ったときにギャップを強く感じるというアンビバレンスを持っているジャンルでもある。これは百合というジャンルの良し悪しというより、どちらかというと社会の側の問題として受け止めた方が良いかもしれない。

最後は少しオチが綺麗すぎるとは思ったけれど、夢から覚めても現実で生き抜くことはできるはずだという希望こそが、すべての存在を肯定することにもつながるのではないか。そういった意味では非常に力強いエンパワーメントを持った、絶品の百合小説である。

[2023.3.3]

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バーニング
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Written by バーニング

90年生まれ。アイコンは@koyomi_matsubaさんデザイン。連絡先:burningsan@gmail.com

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