自分と本気で向き合うこと、そのプロセスと帰結と魅力 ――早乙女ぐりこ(2019)『だらしない』

バーニング
5 min readDec 19, 2019

--

私のだめな部分の多くは、「だらしない」というキーワードに集約して語ることができる。私は自立した人間になりたかったし、自分は仕事も家事も人生の決断もなんでも一人でこなせる人間だと思い込もうとしていた。けれど、実際の私は片づけができない、まっとうに恋愛関係を築けない、ルーズでずぼらな性質を持っていて、その「だらしない」性質は人生の様々な場面で支障をきたしていた。そんな性質から目を背けたままでは、どんなに言葉を尽くして語っても、結局は偽りの自分像を提示し続けることになると考えるようになった。

この本は、片付けられない女の部屋をみちがえるほど綺麗にした魔法のような片づけメソッドを語る本でもなければ、バツイチアラサーがダメ男との悪縁を断ち切って新しい幸せをつかむ本でもない。成功体験も誰かの役に立つハウツーも、多分何もない。ただ、私自身が、今まで目を背けてきただめな自分と、本気で向き合うために言葉を紡ごうと思う。

上記にリンクを貼ったウェブページにも掲載されており、本書前書きにあたる「はじめに」に記載されているのがこの二段落の文章だ。文芸サークル『早稲女同盟』として5冊の本を編集、刊行したのち、個人でも本を刊行し始めた早乙女にとって、本作は3冊目の本になる。おそらくすべての本に目を通している自分にとって、彼女の文章は読むたびに視界を広げてくれるような面白さに満ちていると思っているが、本書はこれまでのアプローチの一つの集大成ではないかと思いながら読んでいた。

どういうことか。つまりこれは、一種の当事者研究だと思ったからだ。「だらしない」エピソードを羅列するにあたり、幼少期から成人までの日常、家族、あるいは性愛に関するエピソードが収録さているが、特に父親に関するエピソードが印象的だった。あるエピソードでは、大学生になった彼女が父親の失態を非難する際に使われる言葉がつづられている。しかし、その言葉が実は自身や父親自身も苦しめていた呪いなのではないかという「発見」を経て、自身と父親との関係性再構築の可能性を探るという流れが展開されていた。

あるいは異性関係についてのいくつかエッセイもかなり目のつけどころが面白い。生活面でのだらしなさが性的関係におけるだらしなさに接続されることで反省が生まれるのかと思いきや、だらしなさを砦にすることで守れる領域や生まれる関係性もあると反転させる。ジェンダー不平等はいたるところに存在しているが、一見するとネガティブに見える自身の特性が武器になるよう反転させるということ。こうした発想の転換そのものがすぐれたエンパワメントだと感じる。エンパワメント、つまり強みを生かす方法は単に長所を伸ばすということではない。

こうした着眼点は単なる自己分析にとどまらない。自己分析から生まれる反省を反転させて自分自身や自身や他者との関係性をエンパワメントする効果があることを早乙女自身が実感されている。彼女は「だらしない」姿を他者に積極的に開示する。これらの営みは、当事者研究として行われている試みの目指す方向性の一つと重なると思う。しかし、そのプロセスは容易ではないはずだ。

当事者研究の第一人者である向谷地生良の言葉を借りると、だらしなさによってもたらされる体験はどれも「大切な苦労」になっていて、本を通して読むとだらしなさそのもの自体が魅力的にも見える面白さもあると思う。同時に、「大切な苦労」に思いをはせ、共感することもできる。エンパワメントの結果だけではなくプロセスが時系列的に開示されていることで、著者の苦労をも読者は追体験する構図になっているのだ。

こうした一連の作業は、あとがきにあるように本当に苦しい作業だったはずだ。読者はその苦しさをも追体験することによって著者の現在にさらに思いをはせる。結婚と離婚とその後日談をつづった『早稲女×三十歳 完全版』をすでに読んでいる読者ならなおのこと、著者の苦労が身に染みてくるように伝わる。

しかし繰り返し触れてきたが、書かれてあるのは苦労だけではない。長い時間をかけて形成された早乙女ぐりこという一人の実在する個人が持つ魅力もまた、一連の文章に凝縮されている。だから自分はこれからも彼女の文章を楽しみに待って、読み続けていくのだろう。著者のリアルな人生はこれからも更新されていく。この先にも苦労は多々あるかもしれないが、その苦労を彼女なりの方法で乗り越えていくのだろう。「本気で向き合うために言葉を紡」ぐことができるのは、かけがえのない強さであり魅力だと思うからだ。

[2019.12.20]

--

--

バーニング
バーニング

Written by バーニング

90年生まれ。アイコンは@koyomi_matsubaさんデザイン。連絡先:burningsan@gmail.com

No responses yet