つい最近文科省の芸術選奨新人賞を受賞した本作。いずれも2012年から16年にかけて『すばる』に掲載された短編を5つ掲載したもので、それぞれの短編につながりはない。しかし、そのいずれもが谷崎由依ワールド全開といった形の小説だ。デビュー以降翻訳や大学での教鞭など、様々な活動をしてきた中でも、やはり「舞い落ちる村」で独特のイメージを見せた谷崎のオリジナルの小説を読めるというのはうれしいものだ。
単行本としては前作にあたる『囚われの島』でも谷崎の魅力は存分に発揮されているが、本作は短編集ということで、短編ごとの試みの新しさ、面白さが楽しめる。たとえば最初の3つの短編は、チベット、台湾、日本を舞台にしてはいるが、谷崎だからこそ書くことのできる土地の魅力(魔力といってもいいかもしれない)がそこにはある。
もうひとつ、そこにあるのはコミュニケーションへのこだわりだ。文字であったり、会話であったり、あらゆる方法で人はコミュニケーションを試みる。たとえば「国際友誼」と題された日本の関西地方を舞台にした短編では、まさに多様な、しかし特定の名前を持たない学生たちが不思議なコミュニケーションを繰り返す。そうすることで、その場所にしか存在しえないかもしれないやりとりであったり、現実に根ざしているように見えて現実から浮遊するような、小説ならではの世界の構築を試みる。
その小説ならではの試みで言うならば、珠玉なのは「天蓋歩行」だろう。「私」と名乗る語り手は、しかし人ではない。樹であり、森である(あった)「私」は古い記憶を膨大に備えて特定の場所に居続ける存在だ。「私」は自由に動くことはできないが長い寿命を持つため、土地の歴史を様々見てきている。そこには戦争のような、傷ついた土地の歴史も含まれる。そういった負の側面も内包しながら、「私」が見て、語るものの、なんと豊穣なことか。それはまさに、土地の魔力と呼んでもいいのではないかと思う。
月末には新しい本の刊行も控えている谷崎。少し前には翻訳を担当したホワイトヘッドの『地下鉄道』が話題を集めたが、自身の小説が本として刊行されている点数は少なく、まだまだ世に知られてない作家の一人だと思う。文芸誌を読むような層以外にも、彼女の小説が広く読まれるといいなと素朴に期待する。
[2019.3.10]