他者との差異を知り、受け入れていく生き方 ――柴崎友香(2019)『待ち遠しい』毎日新聞出版

バーニング
Jan 26, 2021

最近柴崎の小説を読んでいなかったので久しぶりに読んだが、最近の彼女の関心がよく表れた小説だなと思ったのが率直な感想。彼女のツイッターを見ていると興味関心が政治や経済、あるいはジェンダー不平等やフェミニズム的なところにあることが分かるが、そういった要素が小説の中で自然に組み入れられているのがうまい。

そして、彼女の小説としては久しぶりに大阪を舞台にしたものを読んだ。ここしばらくの柴崎は芥川賞をとった『春の庭』、東京での空襲にも言及している『わたしがいなかった街で』、新宿の戸山団地を題材にした『千の扉』がそうであるように、東京を舞台にすることが多かった。

東京を舞台にすると、当たり前だが東京の地名や言葉遣いになる。そうした柴崎の小説にも慣れのようなものを覚えてきたが、久しぶりに大阪を舞台にした小説を読んでなつかしさを感じる部分があった。それに加え、柴崎は自身の年齢と近しいキャラクターをこれまでも小説に反映させてきたが、中高年の女性が本作では非常に存在感を持っていて、それも新鮮なものとして読むことができた。

とはいえ本作の場合、中高年の女性の生き方を一つテーマとして書くというよりは(もちろんそれも重要な要素であり、作家自身の関心の表れでもあると思う)25歳の沙希に代表されるような若い人の生き方も丹念に書こうとしている。世代によって生き方はどのように似ていて、どのように異なるのか。あるいは、それは本当に「世代間ギャップ」と言っていいものなのだろうか。本作が掘り下げようとしているのはこうした要素であろう。

主人公である春子は本作を通じて「一軒家の離れ」という現代では珍しい形の住居を起点とし、様々なキャラクターに出会う。彼女は彼女自身の生き方に不安や悩みを常に抱えている存在であり、会話の中でそれがネガティブに刺激されることもある(結婚するつもりはないのか等)。だからつらい、しんどいという春子の実存を書くことは柴崎は試みない。むしろ、春子というキャラクターを通して、いわゆる「社会常識」のようなものを疑っていく姿勢を書こうとする。

沙希は若いが、結婚して子どもを産むべきだと思っている。その感覚は最初春子には理解できず、反発する気持ちも抱くが、沙希の抱えている事情や彼女の生い立ちを知っていく中で、沙希の生き方を肯定したり応援しようとする。あるいは、60代で未亡人であるゆかりの生き方に憧れる気持ちもあれば、彼女とは決定的に違うこと(結婚観など)も実感する。それでも、春子はしなやかに、自分自身の生き方を肯定し、そしてそれを他者に言葉で伝えていこうとする。他者を知ること、自分を他者に知ってもらうこと。この二つの要素のバランス感覚が、春子の魅力でもある。

現代のインターネットでは同調的なコミュニケーションが加速していて、それがあらゆるところで分断を生み出しているとも言える。しかし春子は、自分と違う生き方をする女性と安易に対立することはない。もちろん人間なので反発する気持ちはあるし、それは正直に認めつつ、他者を拒否しない。その上で自分の考えや気持ちをしっかりと伝えていく。

それぞれが違う考え、違う感情、違う生き方を認め合いながら生きていくのは容易ではない。容易ではないからぶつかることもある。でもそうした、いわば人間味のあるコミュニケーションをとることで乗り越えられることも多いのではないか。柴崎が春子を通じて書こうとしたのは、違う人同士が時には協力し合いながら生きていけるような、例えば時にはみんなで旅行にだって行けるような、そうした希望的な人生を構想することだったように思う。

[2021.1.27]

--

--

バーニング

90年生まれ。アイコンは@koyomi_matsubaさんデザイン。連絡先:burningsan@gmail.com