8年後の布石になる論理ゲーム、そして異なる他者を評価するということ ――浅倉秋成(2021=2023)『六人の嘘つきな大学生』KADOKAWA

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2011年の就活で起きた事件と、その8年後の謎解きを書いた浅倉秋成の小説。作家が89年生まれなのでおそらく作家がリアルタイムに経験した2011年の就職活動を舞台にしたのだろうと思われる。何を隠そうこの文章を書いている筆者も同学年だから当時のリアリティはよく分かる。

2011年の就活(2012年卒)の特徴は、何と言っても3.11だろう。この小説でも震災が物語序盤に大きな影響を与える。小説自体は2011年の4月から始まっており、「震災後」の物語とも言えるわけだ。そのエッセンスは8年後(おそらく2019年)にも弱い影響を与えているかもしれない。誰かを喪うということが核心にあるからだ。

話を戻すと、これまで読んできた浅倉のように、変わらずこの人の論理展開はさすがだなと感じる。今回は就活のグループディスカッションを舞台にしているだけに(しかも途中からは人狼ゲームに転じていく)、ガチガチに論理展開を管理してることがよく分かる。それでもこの小説の真骨頂は8年後を書いた後半部分だろう。前半が見せ場かと思いきや、前半はあくまで布石でした、という今回の浅倉のプロットは本当に見事である。

文庫版解説にも詳しいが、大学生の就活のアフターストーリーを書く上で8年後に設定したのはなぜか。それは8年も経ち、アラサーになったことでそれぞれの人生のステージの変化が見えるからだ。就活で審査される側だった者が今度は面接官をやる羽目になることもある。あるいは、転職したり、独立したり、そして病に倒れていたり。20歳や21歳とはまったく違う状況で、様々な人生が交差するのが30手前の時期だというのは強く共感を覚える。

そして共通して言えるのは、自分とは異なる他者を評価することの妥当性だろう。就活をやる上で否応なく突きつけられる課題であるし、ある程度の年齢になると今度は自分が評価を下す側にもなる。自分とは異なる存在をどのように受け止めればよいのか? 8年後の主人公を務める嶌衣織が8年間抱えてきた課題でもあり、波多野祥吾が8年前に出した一つの答えでもある。

波多野と嶌のように、時間を越えた若い男女の交流を書くという意味では『九度目の十八歳を迎えた君と』に通じるところもある。まだ若いままヒロインと、歳を重ねた主人公との関係を青春の苦みをブレンドしながら書いた秀作だった。今回の本作についても、苦みをブレンドさせながら、波多野が残した希望的な明るさが嶌(という異なる他者)を救うこともあるんだなという意味では、『九度目』の試みよりもさらに洗練させた人間ドラマを書こうとしたことが理解できる。

そう、これは就活を舞台にした論理ゲームに見せかけながら、実はそこには表れない人間の感情のポジティブな要素を信頼した、ヒューマンドラマなのである。終盤はやや予定調和的で、ちょっと主人公格の二人に甘いかなという気はするものの、こうあってほしいという結末を浅倉なりに用意したんだろうなと感じた。過酷だった20代を生き延びた二人に対して。

ネタバレになるが、前半と後半で主人公を交代させながら、それでも時間を超越したドラマを書くという意味では『Seraphic Blue』のレイクとヴェーネのことを少し思い出した。特に嶌衣織とヴェーネは、その能力の高さと反比例するかのように極度に他者を信頼していないわけだが、二人とも過去に大きな借りがある、ということが物語の結末にも関わってくる。

大きく違ったのは、あらかじめ「ハッピーエンドは失われた」存在だったヴェーネと、それでもハッピーエンドを追求した嶌の違いだろうか。個人的には二人の生きざまはいずれも尊重されるべきだと思うし、それが異なる人生なんだろうとも、思っているけれど。

[2023.7.9]

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バーニング
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Written by バーニング

90年生まれ。アイコンは@koyomi_matsubaさんデザイン。連絡先:burningsan@gmail.com

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