日本でQアノンが大きく話題になったのは2020年の大統領選挙だろう。その当時、Jアノンとも呼ばれる日本のトランプ支持者たちが主にtwitterを介して陰謀論的な主張を多く繰り広げていた。また、新型コロナウイルスの蔓延がトランプ支持とQの主張を借りたJアノンの勢力を大きくし、ノーマスクや反ワクチンを訴えるいくつかの集団が生まれている(こうした日本の動向は第6章に詳しい)。
さて、本書の主眼でありゴールは、「Qとはいったい何者か、その正体は誰なのか」である。ある日匿名掲示板の4chanに登場し、陰謀めいた投稿を始める。そうしたQの主張群に影響を受けた個人によるいくつかの事件(ピザゲート事件など)が発生する。いくつかの事件はアメリカ社会に大きな波紋を広げる一方で、QやQアノンの陰謀論的主張を否定しないトランプ政権によって、陰謀論集団としてのQアノンの勢いが止まることはなくなっていく。
本書の序盤では、ひろゆきが買収した4chanがヘイトスピーチや陰謀論の温床になっていく様(ひろゆきが積極的に取り締まらないため)が描写されている。同じ匿名掲示板でもRedditでは細かなガイドラインがあり、運営が機能しているのでヘイトスピーチが溢れ帰らないようになっているようだ。しかし4chanはほとんど放置されているし、ひろゆきがそれを正す気配もない。昨今日本のメディアに頻繁に登場するようになったひろゆきだが、この話題に関する取材については適当な理由をつけて拒み続けている。
インターネット番組Abema Primeでのひろゆきの発言がいくつか引用されているが、彼が4chan内でのヘイトスピーチや陰謀論的書き込みに本気で対処することは一生ないだろう。こうした4chanに対するひろゆきのかかわりや経緯があまりにも日本で知られてないという危機感を、朝日新聞記者でもある著者は繰り返し訴えている。そのひろゆきが近年日本のメディアやネットで持ち上げられている様子には大きな違和感があるので、本書が日本語で出版される大きな意義でもあると思う。
4chanにいたQは8chanへと活動の場所を変え、しばらく沈黙を保ったあと、復活を果たしている。こうした経緯を踏まえて藤原は、8chanの創設者や、もっともQに近く、Qそのものである可能性も高いロン・ワトキンスとジム・ワトキンスにも接近する。ワトキンス親子はもちろんQの正体について明言しないが、藤原が協力を仰いだ海外のジャーナリストたちの分析により、Qの正体に近いものは次第に浮かび上がっていく。そのため、ノンフィクションであるが、まるでミステリー小説で犯人を追い詰めていくような構成になっているのが読み物としての面白さを担保している。
もっとも、Qが誰なのか、その正体を暴くことですべてが解決するわけでもない。トランプは2024年の大統領選挙再出馬に向け、今年の中間選挙でも精力的に活動しているし、Qアノンを含む支持者たちは民主党への攻撃やトランプへの支持をこれからも続けていくのだろう。Qがすでにばらまいた多数のミームは、これからもアメリカ社会、そして海外を含んだネット社会に残り続けている。そしてその全員が顔を持つ、一人一人の人間であることに変わりはない。
にもかかわらず、繰り返すようにQの実態は日本ではまだ十分に知られていないし、ひろゆきとの関係もまだまだ知られていない。今の日本では統一教会問題が大きな関心の中心だが、中心を持たないカルトとも言えるQアノンの存在や主張はこれからも根深く残っていくだろう。
今年の中間選挙を控えたタイミングでの出版はもちろんグッドだが、ほとんど同じ時期に出版された秦正樹『陰謀論』でも冒頭でQアノンの話題に触れられているほど、この話題に対する学者や記者の関心は継続していることが分かる。まだまだコロナ禍が続き、反マスクや反ワクチンといった陰謀論的言説があふれるからこそ、今一度触れておいてよい一冊だ。
[2022.11.8]