いかにしてプーチンは権力を獲得してきたのか――朝日新聞国際報道部(2019)『プーチンの実像――孤高の「皇帝」の知られざる真実』朝日文庫

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2015年に刊行され、2019年に文庫化された本書は2018年のプーチンが日本からの外交団を迎えたところから記述が始まる。当時の首相であり、プーチンのことを「ウラジーミル」と呼んでいたらしい安倍晋三他を前にしてプーチンが何を語るのか。日本側としては北方領土問題を解決したいという意気込みは当時もあったものの、この会談の反響がどれほどのものだったかをあまりよく覚えていない。

2022年の立場から、当時の安倍政権とプーチンとの距離の近さを問題視する言説はいくらか見られる(当の本人である元首相は沈黙しているせいもある)が、時計の針は戻らないため、過去の反省には一定の限界があるだろう。とは言え、これまでのプーチンの歩みを振り返ることや、国家としての日本が、あるいは日本人たちがプーチンとどのように対峙してきたかを振り返ることには何らかの意味はあるだろう。過去の積み重ねが、いまのプーチンを形作っていることに疑いの余地はない。

前半の記述はKGB時代から大統領になるまでを振り返る伝記的な内容となっている。そのため、以前NHKBSの「BS世界のドキュメンタリー」枠で見たドキュメンタリー番組、「プーチンの道」と重なるところが多い。

その中で面白かったのは第四章「人たらし」である。このプーチンの性格を把握することで、森義朗や安倍晋三、また柔道家の山下泰裕たちがプーチンにいかに魅了されてきたのか(しまったのか)を理解することができるように思えた。

もちろんこの「人たらし」は、個人と個人やの関係やコネクションを通じて政治家としてのしあがってきたプーチンの政治手腕の一つである。「あの愛想の良さは、典型的なKGB流だ。警戒することをお勧めする」(p.90)だとか「あらゆることに対して、感情豊かに反応する。ただ幸いなことに、完全に外向的な性格というわけではない。自制することができる。非常にバランスのとれた個性を持っている」(p.91)といった語りからプーチンの政治的成功の一端を読み解くことができるだろう。

第七章における「プーチンは誰かに仕えるということに慣れた人間だ。(中略)国家そのものに心服したのだ。愛国的な人間として、自分の義務を『国家に仕えること』だと心得たのだ」(p.170)という語りを見ても、人たらしでありながらストイックな愛国者というハイブリッドな性格が統治者としてのプーチンを象徴していると言える。

現代の視点から振り返る時、つまり西側との戦いを常に意識する(してしまう)ロシアという立ち位置を考えた時に、第九章「コソボとクリミアをつなぐ線」も非常に重要な章だ。2014年のクリミア編入を契機として現在まで続くウクライナとロシアの対立は解釈することがマスメディアのレベルでも一般的な見解になってきているが、2008年のコソボ独立について詳細に触れるメディアは多くない。最近頻繁にメディア出演している廣瀬陽子は『未承認国家と覇権なき世界』の中でコソボ独立がロシアに与えた影響を詳しく考察しているが、本書でも似た試みを行っている。

廣瀬の関心は未承認国家を通じてパワーを行使する国家が登場しているのが現代の国際政治の一端であるということで、ロシアだけに関心を置いた著書ではない(ロシアの存在の大きさは繰り返し強調しつつ)。本書の関心はロシアとプーチンであるため、必然的に西側諸国のコソボへの対応、そしてセルビアがコソボに対してどのような振る舞いをしたかに関心がある。だから2008年のコソボだけではなく、1999年のコソボへも焦点を当てているのが興味深い。この時も紛争に介入しようとしたNATOとロシアは緊張状態にあったからだ。

コソボで起きたことがクリミアで起きた。セルビア人記者が語る、「コソボはロシアが米欧に裏切られたと感じた、最初の例。直近の例が、ウクライナだ」(p.228)との言葉におけるウクライナはクリミアのことを指している。しかし、2014年に起きたことが2022年に起きている、もっと酷い、最悪な形で、ということを踏まえると、1999年や2008年のコソボと2022年のウクライナは確実につながっていると解釈すべきだろう。2014年も2022年もロシアにはロシアの正当性がある、ということを踏まえても。そしてその理屈が米欧などの西側諸国に到底理解されないことも、同様だ。

本書の後半で紹介されるプーチンの元経済顧問だったイラリオノフの言葉も示唆に飛んでいる。「ロシアはウクライナを失った」(p.304)と語る彼の言葉は、2022年に再度顕在化してしまったし、彼の語る「数世代にもわたる信頼」もうほとんど戻ることはないだろう。

終盤では再び政権に返り咲いた安倍晋三とプーチンとの関係や、ソチと東京のオリンピックなどに言及されているが、日本とロシアの関係性も再び元に戻ることはきっとない。ウクライナ戦争開戦から半年が経過し、プーチンの軍事戦略にも大きな手詰まりが見えてきた。そうした世界をこれからの時代の人々が生きていくのだということを改めて認識するために、本書に記載されてあるプーチンの実像を探る長い旅路を読むことには大いに価値がある。

[2022.10.5]

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バーニング
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Written by バーニング

90年生まれ。アイコンは@koyomi_matsubaさんデザイン。連絡先:burningsan@gmail.com

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