アメリカは大谷翔平をどのように見ていたのか ――ジェフ・フレッチャー(2022)『SHO-TIME 大谷翔平 メジャー120年の歴史を変えた男』(訳)タカ大丸、徳間書店
ジェフ・フレッチャーというアメリカはカリフォルニアの野球記者のことは志村朋哉という人のYoutubeチャンネルであらかじめ知っていた。ジェフは普段はエンゼルスの番記者としてオレンジ・カウンティ・レジスターという地元紙で勤務する傍ら、自身のツイッターアカウントで積極的にエンゼルスを含めたMLBの情報を発信している。志村とジェフは元同僚で、今もYoutubeチャンネルのパートナーでもあり、ジェフの日本語アカウントを志村が運用しているなど(基本的にはジェフの本アカを翻訳した形のアカウントだが、英語ではなく日本語で読めるのは意味がある)交流が続いているようだ。
そのジェフが本を出すということもまた、志村の発信する情報を経由して知っていた。しかしまさか、日米同時発売とは思わなかった。本書によると大谷のメジャー一年目である2018年から本の構想と出版社からのオファーはあったようだが、大谷のトミージョン手術により「投手大谷」の活動が中断してしまったことで、本の出版も延期になったようだ。本書でもかなり厳しく書かれている2020年の悲惨な短縮シーズンのあと、2021年の飛躍を多くの人が目撃する中で、本の出版もまた動き出したらしい。
まず本書が面白いのは、大谷がアメリカに来る前の視点から始まっていることだろう。2017年の末にエンゼルスと大谷が契約して以降のことを追いかけるなら分かるが、大谷の高校時代や日ハム時代(議論になったドラフトも含む)を丁寧に描写することで、アメリカの読者にも大谷翔平が日本でどのような存在で、どのような日々を過ごしていたかが分かるようになっている。エンゼルスの元GMであるエプラーが大谷の獲得に当たって費やした膨大なコストがありのままに書かれていることも面白かった。もちろん多くの球団が時間と人手を費やしているはずで、エプラーたちエンゼルス経営陣の裏側にはポスティングに残れなかった他球団の悲哀も見えてくる。
今でもそうだが、大谷翔平は多くのことを語らない。登板後の球場でのインタビューや記者会見は行っているものの、それ以外の内容、特にバッティングに関するコメントはあまり出てこない。そのため本書は、大谷翔平の周辺を綿密に取材することを徹底している。そのため、日本での取材内容も多く登場している。藤浪晋太郎や菊池雄星といった、日本の野球ファンにはおなじみの名前が登場するし、大谷家や花巻東高校も取材している。
つまり本書は、満票でMVPを獲得した2021年シーズンとそれに至るまでの過程を描いた野球ノンフィクションであるとともに、大谷翔平という人間の伝記にもなっているのだ。伝記部分については日本人もすでに知っていることが多いが、アメリカではそうではない。逆に、大谷が2020年の悲惨なシーズンを終えた後のオフシーズンにどのようなトライをどのようなプロセスで行っていたのか、新しい監督であるジョー・マドンと新しいGMであるペリー・ミナシアンはどのようなコミュニケーションの中で大谷翔平のリミットを解除したのか。
個人的には、日本のメディアにもたまにしか登場しないペリー・ミナシアンという(比較的)若いGMの半生を知れたのが面白かった。有名大卒のインテリも珍しくなくなった現代のメジャーのGMの中で、下積みからGMにのぼりつめたミナシアンはちょっとしたアメリカンドリーマーと言ってもよいだろうが、彼の半生を知ることで彼が大谷をどのように見ていたのかを推測する形でジェフは記述しており、これは日本のメディアにはまず出てこない一面だなと感じた。アメリカの記者が、アメリカで(というかエンゼルスの地元で)取材しているからこその一面である。
このように、日米どちらの読者にとっても知っていることもあるが知らないことも豊富に書かれていることが本書の厚みになっている。序文には前の監督のジョー・マドンの序文があり、巻末には現地の日本人Youtuberカオルのコメントも寄せられているのが興味深い。いずれにせよ、日米双方の野球ファンにとって、読みごたえが抜群の一冊に仕上がっているのが見事だった。
[2022.7.18]