『82年生まれ、キム・ジヨン』で日韓両国で名をはせたチョ・ナムジュをはじめとした若手の女性作家たちのオムニバス短編集。もともと韓国で編まれたものを日本でも河出が引き受けて翻訳、という形のようで、チョ・ナムジュやチェ・ウニョンといった日本でもすでに翻訳が刊行されている作家もいれば初めて名を知る作家も収録されている。
内容的にもチョ・ナムジュのようなストレートなフェミニズム的告白の小説(表題作)もあれば夫や子のいる中年女性が家庭内で抱える倦怠や憂鬱をテーマとした小説(キム・イソル「更年」)もあれば、女装する男性たちを取り上げた小説(ク・ビョンモ「ハルピュイアと祭りの夜」)もあり、表題の示すフェミニズムの幅は広くとられている。
チョ・ナムジュの書く表題作はある種典型的なモラハラ男の話で、年上の元彼である「ヒョンナム」へあてた主人公の女性の憎しみそのものを口語調で書いた小説となっている。出会ってから別れるにいたるまでのコミュニケーションの数々が具体的に書かれているが、おそらく『キム・ジヨン』同様に現代の女性に共感を得やすい形の小説だと思う。
同時に一部の男性の反発も受けるだろう(男が悪く書かれすぎているだとか、そんなつもりじゃなかったとか)が、こうした対立構造をまず顕在化させなければ認知の歪みはきっと永遠に修正できないし、女性もまた自分がパートナー男性から受けている言動が「正しくない」ものだと気づくことが容易ではないかもしれない。彼ら彼女らが「気づく」ためのアリーナを日韓双方に立ち上げたという意味でチョ・ナムジュの果たした役割は大きいのだろう。
この作品に続く形でチェ・ウニョンの小説が収められているのがいい。『ショウコの微笑』がそうであったように、彼女はこれまでのフェミニズムを現代的な形でアップデートするように女性たちの関係性を強く信じている。
本書収録の「あなたの平和」のあとがき(p.67)で彼女は次のように書いている。
私は女性主義こそ愛に向かう闘争であり、愛を殺す家父長制の解毒剤だと思う。片方に一方的な屈従を要求するありとあらゆる方法で人間の尊厳を損なうやり方では、どんな人も幸せにはなれない。(中略)お互いの自由を保証することだけでお互いを解放する愛情。そんな愛が可能な世の中を夢見ている。流さなくていい涙を流さなくてすむ世の中を夢見ている。
このメッセージは一つ前のチョ・ナムジュ作品を強い形で肯定しているとともに、彼女たち以降に続く他の作家たちの思いも代弁しているものだろうと思えた。
だからこそキム・イソルは「更年」で家庭内に閉じこめられた中年女性を書き、ソン・ボミは「異邦人」の中で典型的な男社会の中で生きてきた女刑事を書き、はたまたキム・ソンジュンは「火星の子」でSF仕立ての世界の中で誕生した女性の話を書く。
何も女性はオフィスや家にいるだけではない(もちろんそうした女性への目配せも多々ある)のが現実であるから、作家はそれぞれの思い描くイメージの中でフェミニズム小説を書いたことで冒頭でふれたように幅が広い一冊となっている。
そうしたことによって結果的に単なる告発の書としてではなく(もちろん女性たちが置かれた不平等で差別的な現状の告発として読む価値も大いにある)、読み物としてもとてもおもしろい、ユニークな短編集に仕上がっている。
[2020.3.25]