本書は2020年にNHKBSIとNHK総合で放映された約3時間番組に基づいたロングインタビューをベースにし、番組プロデューサーが執筆したノンフィクションである。あくまでインタビュー集ではなく、インタビューを通した諸々の記録という形をとっている。
番組は現在昭和編、戦争編、平成編(2021年放映)の3本が作られており、いずれも現在はNHKオンデマンドで視聴可能になっている(貴重なアーカイブが閲覧できるのは重要なことだ)。 あとがきによると、本書は昭和編と戦争編がベースになっており、すでに収録が終わっている平成編についてもいずれ書籍化したいとの構想があるらしい。
本書の構成は渡辺によるインタビューの文言をベースとしつつ、著者である安井による地の文、そして第三者(ジャーナリストや政治学者など)によるコメントの3つの側面を持っている。渡辺のナラティブはいずれも主観的なものであり、第三者の書いた記事や書籍、学術的な知見などの客観的情報と照らし合わせてようやく意味の持つものになる。また、発言一つ一つの文脈を踏まえる必要もある。
文脈で最も重要なのは、本書のスタート地点でもある渡辺の戦争体験である。戦争を心から憎みながら、自分は死ぬのだと思ってカントの『実践理性批判』を持参した戦争体験の記憶は、その内部における暴力や、あっけない終戦の知らせなど、様々な怒りと落胆に満ちている。軍部を憎み、そのベースにある官僚制を憎んだ。こうした若いころの原体験が、いわゆる自民党的な保守本流路線とは違う、現実主義的でプラグマティックな保守主義を作り上げていくことになったようだ。
また、昭和編は冷戦期にそのまま当たるため、国際政治、とりわけアメリカとの関係性も重要だ(特に沖縄返還と密約に関する部分)。そのため、御厨貴や中北浩璽といった日本政治を専門とする政治学者が随所にコメントを寄せているのは客観性の確保に一役を担っていると言える。
とはいえあくまで主は渡辺の発言で、学者のコメントは従であるため、渡辺の発現を大きく逸脱するようなコメントはされていない(本の構成の都合にもよるだろう)。そのため、本書トータルとしての客観性にはあくまで限界があり、かといって学者による厳密なオーラルヒストリーとも違う、あくまでジャーナリズムの文脈でできた書籍であることを押さえておいたほうがよい。
いずれにせよ、平成生まれの自分にとっては歴史でしかない戦後政治を、そのダイナミズムを内側から語る渡辺の発言一つ一つは非常に興味深いものであった。部分的にはやや地の文が長すぎるところもあり、もう少し発言を分厚く取り上げてくれたらとは思うものの、戦争体験から出発し、その記憶が大きく薄れる季節で終わる本書は、令和の時代にこそ読まれてよいものだろう。
[2023.1.27]