編者の一人である岡山裕が昨年の大統領選挙のタイミングで刊行した『アメリカの政党政治』が面白かったので、本格的なアメリカ政治の入門書を何か一冊、と思い手にとった本。本書の構成はタイトルに付したように、思った以上に幅広く扱っている。具体的に見ていくと、ジェンダーや人種、移民の話題から財政や金融、科学技術まで広く「政治」の話題を取り扱っている。また、岡山や西山、あるいは待鳥聡史など実績のある書き手を揃えつつ、80年代生まれの若手も多く起用している点も新しさがあってよいなと思った。
前半が「総論」、後半が「争点」の二部構成になっており、前半の総論で「歴史と思想」、「統治機構」、「選挙と政策過程」を扱うが、ここまでがわずか65ページである。残りの240ページほどはすべて「争点」に割かれているため、歴史や行政、選挙や政策について腰を据えて学ぶには他の本を当たってもよいかもしれない。
各「争点」の中にも歴史的な観点は多く盛り込まれているし、行政、そして選挙とも関連させて議論を展開させている。従って、アメリカの政治における「争点」を具体的にイメージしながら、歴史や政治行政、選挙といった総論での議論を補完するような構図になっているとも言える。
たとえば待鳥聡史の執筆している第2章「統治機構」においては、連邦議会や大統領制度、官僚制などについて、歴史的な経緯を踏まえて概説していく。その中で過去から現在の議論をたどるだけでなく、現代の、生のアメリカ政治への言及もしっかりと行っている。たとえば裁判所について説明する中でアメリカ独特の「司法積極主義」への言及があるが、ここではトランプ大統領が保守派の最高裁判事を指名する機会を得たことも記述している。
西川賢による第3章の「選挙と政策過程」では、アメリカ独自の選挙制度の成立と、アメリカらしい多元的な政治文化(シンクタンクの隆盛など)について触れる中で、章の終わりには次のような記述にまで踏み込んで記述しているのが面白い。
一九五〇年代アイゼンハワー政権以後の共和党は右傾化、九〇年代クリントン政権以後の民主党は左傾化に向かい、二大政党はイデオロギー的分極化を遂げた。前に述べたように、イデオロギー的分極化はアメリカ政治に停滞をもたらす元凶の一つといわれており、アメリカ政治が抱える宿痾となっている。二〇一六年の大統領選挙でトランプ大統領を生み出した要因の一つは、イデオロギー的分極化がもたらすアメリカ政治の閉塞感にうんざりした有権者の反発だった――このようにみることも可能であろう。(p.65)
トランプ大統領の誕生によって様々な社会変動の描写を通じて分極化という言葉は日常的に使われるようになっている。しかしそれは急に始まったものでなく、過去に求められること。そして、「争点」で議論しているテーマの端々に、分極化が影を落としていること(したがって「争点」の項目でも多くの執筆者が現代アメリカ政治における分極化について触れている)が本書を通じてよく分かる。トランプ政権が終焉を迎えても分極化はまだまだ続いているだけに、本書のアプローチは意味を持つだろう。
他方で、金融政策のようなイデオロギー的には独立しており、大統領が交代してもFRB議長は必ずしも交代していないなど、すべてが分極化の影響化にあるわけではないことも認識しておいたほうがよいだろう。そうした理解のためにも、個々の争点の議論の中で歴史的な背景がコンパクトに説明されているのは本書の大きな利点である。
書き手は様々だが、各論となる「争点」は執筆者個々の専門性や関心分野が生かされているようにも思える。研究のレベルにおいて最前線の議論が展開されていることは、本書の帯にあるように「変わりゆくアメリカをダイナミックかつ多面的に理解」するための一助となっている。
[2021.4.26]