仕事のことも人間のこともよく分からないけれど――津村記久子(2015=2018)『この世にたやすい仕事はない』日本経済新聞出版/新潮文庫

バーニング
Dec 19, 2024

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津村についてはデビュー作に続いて『ポースケ』を読み、そしてこの小説に至った。この小説を読んだのは単純で、3年ほど利用している選書サービスChaptersの選書だったからだ。届いたのは2022年9月で読んだのが24年12月なので、相変わらず順調に積んでいるわけだけど、最初に読むよりは3冊目くらいでちょうどよかったかなとは思う。それくらいには個性的で、奇抜な小説である。

主人公の「私」は何らかの理由で仕事を辞め、新しい仕事についたという設定である。年齢も経歴も最後の最後に一瞬明かされるが触れられず、また主人公の名前も最後まで出さずに「私」で押し通している。本が出た2015年にこの年齢だと家庭するとおそらく津村とも歳が近い氷河期世代であるわけで、「私」が歩んできたこれまでの歴史に思いを馳せると必然的に社会から透明化された存在だったのかもしれない、という思いに至る。

少し深読みかもしれないが、正門さんというベテランの相談員に紹介されて「私」が選ぶ仕事はいずれも奇々怪々である。自宅でデスクワークをする女性(山本山江)をひたすら画面越しに監視する仕事から始まり、バスのアナウンス原稿に関する仕事、おかきの袋に印刷するミニコーナーの内容を考える仕事、住宅街の路地に足を運んでポスター貼りをする仕事、そして大きな森(自然公園?)の小屋の仕事という、5種類の仕事を「私」は転々とする。

いずれの職場も職場体験やインターンレベルの経験を積んだあとに転職をするに至るが、転々とする理由や経緯もちゃんと練られているため連作短編集という形式が制約ではなくむしろ効用として機能している。あくまで1つや2つではなく5つもの仕事を経験することが「私」にとっては重要なのである。

短期間で転職を重ねる「私」の抱える思惑はかなり最後にならないと明かされない。なぜあえて「楽そうに見える仕事」を選ぼうとするのか。「私」のキャリアを生かすという選択はなかったのか。そもそも「私」とは何者なのか。こう突き詰めて気づくのは、「一緒に働いている人のことなんて実はよく知らない」という一般的な感覚かもしれない。

読者は「私」のことを当然よく知らないが、「私」もまた上司や同僚、そしてクライアントのことをよく知らない。よく知らなくても、仕事として業務が与えられるならばなんとなくできてしまう。よく知らない事がチームワークの悪さに繋がるわけでもないし、よく知らない方がいいことだってあるかもしれない、というのもこの小説のポイントである。知りすぎてはいけない、とも言うべきか。いやそれでも気になるし、知りたくなるという人間心理も小説には散りばめられているのが面白い。知らないから知りたい、という心理を隠すこともまた難しい。

また、楽そうに見えるからと言って「たやすい仕事じゃない」というのが「私」が一つずつの仕事から得る感慨で、毎回のようにタイトル回収をするような気持ちにさせられる。でもこれは単なるフィクションではなくて、世の中というのはきっとそうなのだろう。すぐそばにいるはずだけどよく知らない人たちがそれぞれ労働をすることで社会は形成されている。特に第5話がそうだが、「私」の労働経験を通して社会を映し出そうというのが、作家の狙いの一つだったのだろう。

社会って、人間って、やっぱりよく分からない。それがいい悪いではなくて、そういうものなんだよ受け止めることでしか社会は構成できないのかもしれないなと思わされる一冊でもあるし、元々日本経済新聞で連載を持っていた小説だというのも納得できるところだ。

[2024.12.19]

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Written by バーニング

90年生まれ。アイコンは@koyomi_matsubaさんデザイン。連絡先:burningsan@gmail.com

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