2021年5月に行われた第32回東京文フリ新刊。『閑窓』というタイトルで継続的に短編集を発行しているサークルで、いま読める一番新しいのが本書。古い付き合いのある鮭とば子が参加していて知ったサークルで、既刊もまとめて購入したのでいずれ読んだ際にはその都度簡単にレビューもしたいと考えている。
毎回あるコンセプトとある特定の場所(空間)を設定することでそれぞれの短編に一貫性を持たせているのがこのサークルのやり方だが、今回は架空の中高一貫校、枝浜南高等学校・附属中学が舞台となっている。少し高台にあるこの学校は、山と海が対極に位置しているという設定である。例えばオカワダアキナや貝塚円花の小説の中では学校の具体的なロケーションと、そこで学校生活を送る生徒たちの実感が描写されている。
例えば貝塚は、「フィルター越し」の中でこう書いている。
海と山に挟まれたこの街は、映莉子に言わせれば被写体の宝庫だという。早く卒業して都会に出ていきたいとばかり考えていた私にとって、つまらない田舎を鮮やかで幻想的な風景に切り取る映莉子の写真は魔法のように見えた。(p.97)
貝塚のこの短い小説は、女子生徒同士の繊細な感情のやり取りと、表現することについて切り取った好編だ。良く知らない生徒から中途半端な評価を受ける様子や、逆に良い評価を受けた時にどう反応していいか戸惑ってしまう様子など、単に表現することにとどまらず、それが学校の人間関係の中でどのような意味を持つのかを、ポジティブな面とネガティブな面の両方描写している。
また、「きれいな顔だと思った。通った鼻筋と頬があかあかと西日に焼かれ、汗をぬぐった腕の皮膚が光っていた」(pp.93–94)「わかりやすい美しさは、言い換えれば俗っぽさでもあった。でも写真を褒められてはにかむ顔や、被写体を探すときの真剣な横顔は、いずれ彼女を描くときのよい資料になりそうだった」(p.98)といった風に主人公が映莉子に寄せる、同性に対していくらか性的な魅力も感じているのではないかという感情を、主人公の表現したいという欲求に重ねて描写しているのが良い。わざとらしい描写ではなく、日常的なシーンを切り取るからこそ成立する文章だろう。
他にもクラスメイトから卑猥な言葉で揶揄されるギャル、佐伯と主人公の関係を描いた「ザリガニを春に釣るということ」でも女子生徒同士の交歓と学校の教室という残酷さが同時に描写されている好編だ。また、描くことを通じて主人公の男子生徒が女子の先輩と感情をぶつけあう篠田恵「導き」や、女子生徒同士の暗い感情を一定の時間軸の中で書ききった丸屋トンボ「暗い結晶」などが印象に残った。
各々が短いながらも魅力的な小説を発表しているため、本書を読んでいる間は枝浜南の生徒の一人になったような感覚をも味わうことができるだろう。明るいや感情や暗い感情など、様々な感情を内に秘めたままだったり、誰かにぶつけてみたり。そうしたある時代特有の感情のやりとりを追体験できることがとても楽しかった。
[2021.10.09]