「子づれシングル」の生活実態を丁寧に整理、概観する ――神原文子(2020)『子づれシングルの社会学 貧困・被差別・生きづらさ』晃洋書房

バーニング
Oct 21, 2020

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シングルマザーの貧困、そして子どもの貧困と言ったトピックが社会的に扱われ始めてまだそれほど年月は経過していないが、これらの問題を正確に理解するために、本書は非常に有意義だと言えるだろう。一貫してシングルマザーとシングルファザー(総称して神原は「子づれシングル」と呼称する)の生活実態を調査研究してきた神原が、三部作の最後として上梓したのが本書である。本書を読むまでこの著者のことを知らなかったが、本書の中でも多数引用されている自身の過去の研究は、その

本書全体にわたって公的な統計や先行研究を踏まえながら神原独自の調査が織り交ぜられておりとても読みごたえがある。統計や調査結果とその分類だけでもかなりのボリュームがある。また適宜マッピング作業を行うことで問題を整理しているのも印象的である。貧困、被差別、生きづらさといった三本立てで本書は成り立っているが、いずれにおいても非常に複雑で多岐にわたる問題を、根気強く整理しているのだ。

大きくとらえたでも、例えば「貧困」の部においては親(母親)だけでなく子どもの貧困にも目配せを行っているし、「被差別」の部では部落解放同盟の協力を得て行った調査研究により、被差別部落出身の子づれシングルの人たちが置かれた複雑な状況を丹念にひも解いている。最後の「生きづらさ」の部では、「生きづらさ」といったややあいまいで多岐にわたる用語を、それが経済的なものなのか、社会的なものなのか、政治的なものなのか、文化的なものなのかといった4象限で理解しようとする(p.226前後)。

特定の仮説を実証研究するというよりは、まずは多岐に渡った子づれシングルの置かれてきた(いる)現状を整理しようとするのが本書の何よりの意義だろう。特に女性に焦点を絞りつつ、子づれシングル男性との比較も適宜行っていることで、子づれシングル女性の社会環境的厳しさが際立っている。ここにあるのは、明確なジェンダー不平等であり、国が長らく想定してきたモデル家族(婚姻関係のある夫婦と子)から逸脱した生き方への支援や社会的理解の不足である。皮肉にも、1985年の男女差別撤廃条約批准及び男女雇用機会均等法制定以降、子づれシングル女性の状況を厳しくするような施策が立て続けに打たれていること、その影響が現在まで続くジェンダー不平等や偏見を生んでいることも厳しく指摘している。(pp.79–80前後)

例えばシングルマザーだと配偶者控除もないし3号年金も関係ない上に、労働者派遣法がこの年以降にどんどん改悪される(制定時は職種がかなり限定されていた)ことによって現金給付は頼みの綱であるのに、児童扶養手当の所得制限が厳しくなったのが85年である(この後に細かな変更はなされるが、大枠の変更はない)。また、昨今の報道などでよく知られているように、養育費を継続的に受け取っている女性は2割台にとどまる。大卒の女性は4割ほど受け取っているようだが(元配偶者の学歴と収入が高いからかもしない)大卒の女性は就労の収入も比較的高めなので、多くの中卒高卒女性が低収入&養育費ももらえないという状況は厳しい。子づれシングル男性の多くは正規雇用だが、子づれシングル女性の多くが非正規雇用であるといった雇用におけるジェンダー不平等も見逃せない。

他にも議論する点は多いが、結論部に挙げている「個々人の多様な生き方、多様な家族のあり方を尊重し、あらゆる差別を禁止する」といった方向性に、もっとこの国は大きく動き出すべきだろう。保守的な立場をとる安倍政権が終結したものの、自民党政権下でこうしたリベラルな政策がどこまで展望できるかはまだまだ未知数である。子づれシングルのみならず、選択的夫婦別姓、性的少数者の権利擁護など、「多様な家族のあり方」が見据える視野は広いはずだ。多くの人が「生きづらさ」ではなく、生きやすい社会に向けて、本書を読む意義はいま改めて大きい。

[2020.10.21]

◆追記的解説

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90年生まれ。アイコンは@koyomi_matsubaさんデザイン。連絡先:burningsan@gmail.com

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