2020年の秋に映画になると知って、そういえば読んでいなかったなと思い手に取ったのが本書である。映画では主人公のみつ子をのん(能年玲奈)が演じているが、確かにこの不思議な感覚を持つ、けれども普通に生きていく上でバランス感覚がないわけではないみつ子を演じるならそう悪いキャストではないだろう。恋愛に積極的になれないところと、脳内にAという架空の人格を置いている点を除けば。
この本は最初から最後まで、みつ子と多田くんの関係を中心に回っていく。仕事で知り合い、近所に住んでいるという設定の多田くんは時々みつ子の手料理を食べたり家に持って帰ったりしていて、みつ子はみつ子でその不思議な関係を楽しんでいる。多田くんがみつ子に好意があるかどうかは最初はっきりと明示されておらず、職場の先輩であるノゾミは二人の関係にやきもきし、という形だ。
ノゾミのようなキャラクターは実生活でも全然珍しいタイプではないし、むしろよくいるタイプのキャラクターだと言えるだろう。みつ子に対して「助言」を繰り返すのは、純粋にみつ子と多田くんの関係がどうにかなってほしいという思いがあるからであって、悪気はない。ただ、みつ子の気持ちを重んじているかというとそうではない。みつ子の中にある、多田くんとは今までの関係で別にいいのではないかという素直な気持ちは、なかなか周囲に共感されない感情でもある。
ここで重要な役割を担うのがAである。まるでみつ子に対して心理カウンセリングをするかのようにみつ子に寄り添いながら、ノゾミとは違った視点で「助言」を繰り返していくA。そのAの存在にみつ子も救われていく。そしてみつ子自身も予想しなかった形で、多田くんとの関係を模索していく。Aはみつ子ではないが、みつ子の中にしか存在しないという不思議な立ち位置ではあるが、みつ子の中の二律背反の感情、つまり多田くんと今のままでいたいという気持ちと、多田くんとどうにかなりたいちう気持ちの分裂をうまくAが受け止めているように思えた。
人の感情は一筋縄ではいかない。一方的に「助言」を繰り返すと「クソバイス」になるし、寄り添いすぎてもそれが本当に当人の望むことなのかどうかは難しい。多田くんとの関係が変化するにしたがってみつ子とAとの関係が変化していくのもよい。寄り添ったり突き放したり、そして最後は……と言った形で変化するみつ子とAとの関係性(これはこれで百合と言えるのだろうかとも感じた)を楽しむことができる。
自分の感情に従って意思決定するのは常に難しいけれど、一人で頑張りすぎなくてもよいはずだというメッセージは、優しく頼もしく響く。
[2021.1.27]