伊藤絵美の著作はこれまでいくつか読んできたが、自分自身が対人援助の仕事を長く続けていることもあり「ケアする人も楽になる」というタイトルに惹かれて手に取ったのが本書。以前レビューした『認知療法・認知行動療法カウンセリング CBTカウンセリング 初級ワークショップ』も非常に面白く、かつ実践的な一冊だったが、本書も非常に使い勝手のいい一冊になっている。前掲書との違いなども含め、本書の特徴を紹介していきたい。
まずは繰り返しになるが「ケアする人も楽になる」が本書の大きな特徴であり、第3章では事例として後輩看護師の指導に悩む先輩看護師が登場する。以前武井麻子が感情労働について分析した本を紹介したことがあるが、援助職やサービス業など、対人関係の比重が大きい業務において感情のコントロールや他者との向き合い方は重要な要素になる。もっとも、すべてをコントロールするのが望ましいとは言えないものの、一定程度はコントロールすることがスキルとして求められる仕事なのが現実だろう。
武井は感情労働における「共感ストレス」について多く言及していたが、本書でもまずキーワードとなるのはストレスである。ストレスの発生する状況(ストレッサー)と個人のストレス反応の関係性について説明した上で、ストレス反応をさらに細かく分解してゆく。こうして因数分解するように図式的にストレスを把握することが、認知行動療法を実践するための最初のステップになっていると伊藤は説明している。
認知行動療法における「認知」と「行動」についての説明も分かりやすいし、「認知」は自動思考とスキーマに分けてとらえようとするのも伊藤が様々な場所で繰り返し紹介している実践的な手法である(こうした「認知」の理解の方法を「階層的認知モデル」と伊藤は説明する)。このように「認知」をさらに深く理解した上で、実際の個人の体験を評価するためにアセスメントを行う必要があるわけだが、このアセスメントの重要性を伊藤は強調している。
認知行動療法のモデル(基本モデルや階層的認知モデル)を使って、自分の体験を理解したり整理したりするプロセスのことを「アセスメント」といいます。
基本モデルを用いた焦るは認知行動療法で最初に行う作業であり、かつ最も重要な作業であります。(p.60)
福祉の支援の現場でもアセスメントは日常的に行われるが、アセスメントを誤ると適切な支援に結びつかない。アセスメントを適切に行うには、適切に評価するための観察や知見が必要だ。本書の場合、先ほど紹介したような第1章で説明される「認知」の理解がまず重要な知見となる。
認知行動療法はアセスメントを行うことからスタートするが、前提となるアセスメントが適切に行われなければ効果が乏しいか、失敗することもあるだろう。だから第1章で「階層的認知モデル」を分かりやすく提示していることも、認知行動療法の実践に進むための適切なガイダンスとなっている。
また、本書では第2章の終わりに認知行動療法の注意点について詳しく紹介されているのも、実践においては押さえておきたい要素だ。この章まで読み進めた読者は認知行動療法の凄みを理解することになるが、同時に完璧な手段ではないことも伊藤は重ねて説明する。主治医がいる場合は主治医との関係が重要なこと、パワハラなどのある職場ではまず環境に働きかける必要があること、自分と向き合うことで痛みを感じる場合もあることなどを伊藤は注意点として例示している。
講習会がベースになっている『認知療法・認知行動療法カウンセリング CBTカウンセリング 初級ワークショップ』では心理学史的な導入も行われていたが、本書の場合は認知行動療法を実践するための最短距離を、急ぎすぎず丁寧に紹介している印象を受けた。また、第3章では実際の認知行動療法の実践、とりわけ「認知再構成法」について詳しく割かれており、巻末には本書で実際に使用されている様々なワークシートも付録されている。
BOOK2は未読なので紹介できないが、仕事や対人関係上の悩みについて、認知行動療法を簡易的でもいいから使ってみようと考える人にとってこのBOOK1は有用だと思われる。また、伊藤が薦めるようにまずは自分自身のセルフケアに使ってみることもできるだろう。ここ数年は認知行動療法ブームのような趣もあるが、丁寧に分かりやすく、かつ安全に学ぶことができるのは本書の優れたところであり、10年前の出版以降も版を重ねて読み継がれている理由の一つでもあるはずだ。
[2021.6.4]