幼馴染間の物語を書く巧さとその切なさ ――一穂ミチ(2012)『off you go』幻冬舎ルチル文庫

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本作とは順番が逆になるが、『キス』や『キス2』を思い出すような幼馴染間の物語を書く巧さを再確認した一冊だった。いやはや、すごいものである。

メインとなる男二人、今回だと良時と密はそれに当たるが、二人の関係性を描くために過去と現在のエピソードを複雑に混ぜ込んで書くことでより物語の魅力を高めているわけで、この筋書きをコントロールできるのが一穂ミチの手腕なのだということもまた再確認した。

まずもって密と十和子の離婚から本作は始まってゆく。そもそも『is in you』の続編となっているが前作を読んでない前提で話を進めていくが、前作を読んでいなくてもこの本の中で物語を簡潔させる上手さもあるので前作の読了は必須ではなさそうだ。その上で、離婚から物語を進めつつ、そこに幼馴染の男性視点を絡めるのはおそらくは、とおう先行きを予感させる。

しかしその語り手である良時と、密の元妻である十和子が兄妹であると知って以降は動揺が隠せない。結果的に妹から寝取る形にBLをどのように完成させていくのだろうか。興味半分、怖さ半分で読み進めていくことになるが、ここでキーとなるのが過去のパートで十和子が見ていた光景である。

十和子の視点や十和子の感情なくしてこの物語は成立しないし、本作は完成しない。十和子は非情にヴァルネラブルな存在として描かれるが、同時に密に対するエンパシーも見せる存在だ。兄である良時に対する感情も、密への感情と並行して語られてゆくが、いかにして十和子が二人の男性への想いを抱えて、育ててきたのか。この複雑なプロセスを丁寧に書く一穂ミチの筆致に凄みがある。

一番最初に読んだ『ステノグラフィカ』においても女性キャラの視点や感情が大きく物語を左右していた。それは単に女性が助演的であるわけではなく、彼女たちも主演的な存在で描く事で成立している。その上で、BLという男同士の親密さを作り出していることが一穂ミチの小説の魅力である。

言わば、もちろん全員ではないけれど、一穂ミチの小説においては特定の女性キャラクターが男性たちを巻き込んだ親密圏を作り上げているのではないか。これは恋愛とかBLという関係性の可能性を拡張していることにもなるだろうと思う。

恋愛も性交も基本的には男性同士の間で成立するBLというジャンルで女性の存在を脇に置くのではなく、男性たちと同じレベルで物語の軸に据える巧みさを、本作でも味わってほしい。

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[2021.7.5]

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バーニング
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Written by バーニング

90年生まれ。アイコンは@koyomi_matsubaさんデザイン。連絡先:burningsan@gmail.com

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