当時の社会構造をドラマチックかつリアルに ――チャールズ・ディケンズ(2017)『オリヴァー・ツイスト』(訳)加賀山卓朗、新潮文庫

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ディケンズを読むのはだいぶ前に読んだ『クリスマス・キャロル』以来なので久しぶりであり、実質ほとんどディケンズを知らないままにとりあえず有名な代表作である本作を手に取ってみた。何年か前に新潮文庫が古典の新訳や再版をシリーズとして実施していた時に本作が含まれていたので、その新しい版である2017年版の『オリヴァー・ツイスト』を今回読むことにした。

小説自体というかディケンズの書くストーリーの感想としては、え、そういう展開に走っていくんですか? というストーリーテリングを厭わないところだ。たとえば序盤は主人公であるオリヴァーの生い立ちから始まり、彼が犯罪グループに巻き込まれながら生存を獲得していく過程や、その後にある夫婦に迎えられる過程などを描くのは、フィクションとして(主人公の人生の紆余曲折を書くという意味で)王道の展開だと言える。しかしその過程の中で、オリヴァーがたびたび後景に退くのである。

本作のベースには当時のイギリス社会における階級や貧困の存在がある。イギリスが社会保障を重視した福祉国家路線に進むのは20世紀になってからなので、本作の舞台(であり、ディケンズが実際に生きた時代)である19世紀のイギリスは階級や身分、人種などによって大きく人生が左右される時代だ。であるがゆえに超展開のようにも感じる起伏のあるストーリーは、実際は計算された展開ではあるのだろう。そうすることでより多層的に当時のイギリス社会を描き出すことに成功しているのは間違いない。

だからこそ、オリヴァーの人生が後景に退き、終盤はビル・サイクスの逃亡や逮捕、裁判までの過程が丁寧かつドラマチックに描かれることになる。希代の犯罪者であるサイクスの逃亡劇やその後の裁判は社会の注目も集めるため、オリヴァーの存在感は薄い。同時に、サイクスをただ犯罪者として描くだけでなく一人の人間としての描写を色濃く書くことで、物語を再度ドラマチックに展開させてゆくのだ。

ストーリーの筋だけを追うとオリヴァーの周辺には犯罪行為が身近にあった。しかしそれはオリヴァーが悪というより、当時の社会構造が泥棒や強盗のような金銭を狙った犯罪を誘発したとも言えるだろう。だからこそと言っていいかは分からないが、ディケンズは物語のドラマチックさと、リアリズムを両立させようとする。結果的にそのことが単なるビルドゥングスロマンや犯罪小説にとどまらない、後世に残る古典になり得ているのだろう。

[2021.10.6]

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バーニング
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Written by バーニング

90年生まれ。アイコンは@koyomi_matsubaさんデザイン。連絡先:burningsan@gmail.com

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