彼女たちの強かな生き方 ――綿矢りさ(2015)『ウォーク・イン・クローゼット』講談社

バーニング
5 min readApr 20, 2019

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『群像』に掲載された表題作と「いなか、の、すとーかー」の二編が収められた短編集。「いなか、の、すとーかー」は主人公が男性一人称で「おれ」と表記される、綿谷にしてはやや珍しいタイプの小説かなと思いながら読み始めたが綿矢は綿矢、と思わせる要素は随所にある。登場する二人の女性は、かつてなら綿矢が主人公に据えてもおかしくないだろう。いわば、主客を反転させた感じで、「おれ」の物語がつづられていくのだ。

「いなか、の、すとーかー」 はその名の通りストーカー小説だ。東京の芸術大学を出て、故郷に戻って陶芸家としてのキャリアを出発させた「おれ」こと石居の工房に、砂原と名乗る中年女性のファンが突如訪れる。地元の仲間であるニートのすうすけ、自分のことをお兄ちゃんと慕う果穗たちと砂原対策を考えるが、砂原の行為だけでは説明できないことも起き始める、というのがストーリーの流れ。

いくつか新しい要素はあるが、東京と地方の関係は度々試みてきた題材ではある。拠点を地方に持ち、発表の場を主に東京に持つ石居は頻繁に地元と東京を移動する。ここまで頻繁に移動する主人公を書くのは初めてだと言っていいだろう。

砂原の問題を解決すればいい、というわけではない。それが本作の核心で、TBSの「情熱大陸」を模した番組の取材を通じて仕事が舞い込んできていた石居にとっての悩みの種になる。身近な人間への不信であったり、仕事に集中できない苛立ちであったり。仕事のために訪れた東京で昔の恋人に再会することになるのだが、昔の恋人にヒントを託されるというのはなんだか村上春樹的でもある。

人間心理をミステリー的に応用することも多い村上春樹を応用すれば、石居は目の前だけを見てはいけないし、見ているものがすべてではないということも悟らないといけない。不信や不満すら乗り越えていくその先に必ずしもハッピーエンドが用意されていないのは綿矢らしい毒の注入だけど、ある意味たいていの人生はそういうものだ。いくらいなかの故郷に戻ったところで、人間関係から解放されることはないのだ。

幼いころから知り合っていたとしても、やがて歳を重ねていけばすれ違いだって増えてくる。でも、違っていくからこそ、かつて一緒だったことは貴重になるというのが続くのが「ウォーク・イン・クローゼット」だ。

タレントのだりあとOLの早希はそれぞれ28歳の日々を東京で生きている。売れっ子ではないがそこそこのマンションに住み、小部屋をひとつまるごとクローゼットにするだりあと、自宅での洗濯やクリーニングに並々ならぬこだわりを見せる早希はもともと同じ団地に住んでいたという過去と、ファッションに関することが好き(好きというよりは独特の執着と呼ぶべきか)という共通点でつながりを持っている。頻繁に会うことはないが、たまに会って過ごすひとときが二人にとって大事なのだ。

恋愛症候群のようにも見える早希はほんとうに好きなユーヤには振り向いてもらえず、かわりにたくさんの男性とデートを重ねる。「パねえ」を連発する男性、いかにも既婚者なのに自分にしれっと接近してくる男性、あるいは女扱いに慣れた携帯ショップの店員。好きなところがないわけではないが、まるごと好きにはなれず、だらだらとデートをしては別れも経験することに早希はもやもやを抱える。

22歳のユーヤはバックパッカーでもあり、フリーターと旅行者の生活を交互に続けているから自分とは生活感覚が分かり合えない。だからこそだりあと共有できる時間は早希にとって重要で、いとおしいものなのだ。他方で、20代も後半なのに好きな男とは付き合えず、だらだらと仕事を続けている日々にも苛立ちがある。

後半でだりあにまつわる意外な一件が物語を加速させていくが、だりあのように(それがたとえ望んだ形とは違っても)前へ進んでいくのは一つのやり方であり、生き方そのものであるだろう。生き方そのものは生活に宿る。終盤でだりあは自分の所有していた服の大半を早希に受け渡す。それは早希が服飾を愛しているからという理由とともに、だりあがだりあ自身の人生を前に進めるためにもである。多くのものを抱えてはいけない。歳を重ねるということは、選択と集中の積み重ねなのだ。

澄ちゃんという同い年の女の子に恋をしていたユーヤは、澄ちゃんに自身の身分の不安定さを見透かされてフラれてしまう。こうしてユーヤの「就活」が始まるわけだが、おせっかいな姉のように早希は細かく注文をつける。でもそれは早希自身が抱えていたもやもや、つまり前へ進めないでいることを、ユーヤには味わってほしくないからだろう。好きな人の恋をかなえてしまうかもしれないやりとりの間、早希はとても楽しそうだ。『東京タラレバ娘』ではないが、いつまでも同じようにはいられない。ユーヤを通して早希も時計を前に進めようとしていく。

「いなか、の、すとーかー」とは違ってやけに爽やかな結末はこれまでの綿矢の小説からしても珍しい。10代でデビューしたころから同世代を書いてきた(『夢を与える』だけやや例外)綿矢は、自身がアラサーと呼ばれる領域に入って少しアプローチを変えてきたか。いや、大きな方向転換は女子高生同士の友情と愛情を書いた『ひらいて』に見られていた。まさにひらくこと、誰かとともに、というのが『ひらいて』のころより人生のステージを少し先に進めた本作においても、感じ取れる。

綿矢りさが書き続ける限り、彼女のつづるキャラクターたちはこれから先どれだけ歳を重ねても生き抜いていくのだろう。「ウォーク・イン・クローゼット」はそう思わせてくれる快作だった。

[2019.4.21]

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Written by バーニング

90年生まれ。アイコンは@koyomi_matsubaさんデザイン。連絡先:burningsan@gmail.com

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