刊行前からネットの情報を見て気になっていた一冊で、刊行後の評判も上々だったので読むのを楽しみにしていた。評判通りに素晴らしい本だった。ソフトカバーでコンパクトな作りになっており、文章量も多すぎることはない。そのため誰にとっても手に取りやすい「社会保障入門の入門」と言ってもいい構成と出来になっている。
多くの社会保障の入門書はまず制度の説明ありきで、それらの制度が具体的に活用されているイメージを持ちづらい。本書のアプローチはむしろ逆で、最初に「困っている人」を主人公として用意する。その主人公が出会う専門家が、各種制度を紹介したりしながら生活に介入して構成をとっている。
10編ある架空の事例がひとまりのストーリーになっているが、一つのストーリーは20ページほどで完結するのでタイトルにあるような15歳にも読みづらくはないだろう。ストーリーの中では主人公がそれぞれの事情で生活に困ったり、事故にあったり、あるいは思いがけない妊娠をしたりする。そうした主人公たちの前に医療ソーシャルワーカーやスクールソーシャルワーカーといった専門家が登場し、主人公(とその家族)に必要な制度が適宜紹介され、主人公たちの生活が再建されていくという構成は読む人に希望を与えることにもつながっている。
本書が扱うストーリーは様々なケースを扱っているが、10代の妊娠やヤングケアラー、あるいはパワハラや交通事故による離職など、比較的若い世代が直面する生活問題に焦点を当てている点が特徴的だ。日本の場合、社会保障は高齢者の医療や介護といったイメージがまだまだ根強い。例えば仕事も住む場所もなく困っているシンジ(3章の主人公)はNPOが行っていた公園での弁当配布をきっかけに支援につながるが、若い人には生活保護が使えないという偏見(p.57)を持っている。
こうした偏見は社会やメディアがこれまで埋め込んできたものであり個人の責任ではないが、結果的に生活に困窮するのは個人であり、何らかの形で支援がつながらないと生活の改善は難しい。この本は一つ一つ埋め込まれている偏見やバイアス、あるいは勘違いといった、「知らないこと」だけではなく、「間違って学習している認識」を修正する狙いも込められていると感じた。
もちろん現実はうまくいくケースばかりではないが、多くの制度はそれらをそもそも知っていないと使うことができない(申請主義の陥穽)。でもそれでは困ってる人は救われない現実をなんとかしたいという、著者の思いがしっかりと伝わってくる一冊になっている。また、次の一節も重要なポイントだろう。
本書は社会保障制度を知るきっかけをつくることを目的としていますが、 社会保障制度は変えることができ、 そして、つくることができるものであることを最後にお伝えしたいと思います。
本書でも紹介した住居確保給付金は、 2015年4月に施行された生活困窮者自立支援法に基づいてできた制度です。(中略)
社会保障制度は、わたしたちの身近な生活に直結するとともに、政治と関わりの深いものです。
だからこそ、「知る、 変える、つくる」 このすべてにわたしたちが関与できることを、中高生のみなさんにこそ覚えておいてほしいと思います。(pp.216–217)
困っている人が支援につながれるかどうかは、実際のところ難しいだろう。近くに専門家がいるか、あるいはそうした人を誰かが紹介してくれるか、そもそもその前にヘルプを出すことができなければ、問題は深刻化していく。パワハラを扱った7章のエピソードや、ヤングケアラーの中学生が登場する9章のエピソードは、周りの気づきや配慮がなければ解決に導かれなかったかもしれないケースだ。
いずれも架空の事例であるため、主人公を助ける役割のキャラクターをおそらく意図的に配置しているのだろう。困りごとを抱えている当事者が自分で相談機関に足を運び、自己解決できるケースは実際にも稀であろう。まだまだプッシュ型の支援が弱い日本では、当事者の近くにいる人の存在が重要になっている。
本書の最後には困ったときに仕える制度や相談機関がリスト化されている。こうした本が直接困っている人に届かなくても、当事者の近くにいる人に届いてほしい。そして今後、より利用しやすい形での制度発展を願わずにはいられない。
[2023.2.6]