現代社会の当たり前から「ずれた」生き方を希望的に模索する ――磯野真穂(2019)『ダイエット幻想――やせること、愛されること』ちくまプリマ―新書

バーニング
5 min readDec 23, 2019

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文化人類学や医療人類学の領域で健康やヘルスケア、あるいは医療や福祉のワーカーの存在に関心を寄せてきた磯野真穂が書いた二冊目の新書が本書となる。彼女の博士論文最初の単著のテーマが摂食障害の文化人類学的考察であり、今回のテーマがダイエットの人類学的(一部は社会学的でもあった)考察であるため、従来の関心と非常に関連の高いテーマを持ってきたなと感じる。

本書のあとがきを読んでいても20年ほど関心を寄せてきたこの分野に一つの区切りをつけられたとも書かれていたし、最初の単著で書ききれなかった領域であり、ちくまプリマー新書が対象とする読者層の関心も高いと思われる「ダイエット」をテーマに選んだのは、面白いと思うと同時に攻めているなと感じる。トピックがポピュラーであるということは、同時に文章として消化するのが容易ではないと思うからだ。

ただそういった懸念は読み進めていくと薄れていく。最初の単著で「なぜ普通に食べられないのか?」という問いを立てたように、本書でも「なぜやせたいと思うのか? その感情はどこからやってくるのか?」といった形で、多くの人に共有されやすく、かつ根源的な問いを立てているからだ。

磯野はこの問いを立てた後、他者や承認欲求といった視点を導入していく。いずれの著書でも女性の生活や自己決定をもう一つのテーマにしている分、ジェンダーやフェミニズムの文脈、最近だとMe,tooやKuTooのような社会運動とも相関性が高い。実際に石川優実のブログが本作で引用されているのは、女性に特有のルッキズムや美への違和感とダイエットの問題系が似ているからだろう。

たとえばそもそも体型への関心というのは時代や文化によって異なるということ。多くの場合、とりわけ生き延びることが困難だった時代は健康的でふくよかで、出産に耐えうる身体が女性には求められた。細身の身体が賞賛され、ダイエットが推奨される社会は飢餓ではなく飽食の社会であり、食べたいという感情をいかに統制できるかが重要だとされているからではないかという指摘は面白い。

ただ、その際に話題にあがるシンデレラ体重のBMIは栄養失調の水準であることも指摘されており、ダイエットによる健康被害の可能性が指摘されている。それ以上に「ダイエット」による効用、つまり女性にとってはそれがモテにつながったり、正当な評価につながっている(なぜかつながってしまう)現実の方が大きく評価され、「ダイエット」における有害性への反応は低く見られがちだ。そしてこうした形で健康被害よりも他者の評価を優先させるのも、現代に特有ではない(一例として漢の時代の纏足が紹介されている)。

ダイエットしたいという欲望そのものを磯野は否定するわけではない。これが単なる個人の選択ではなく社会構造から来る欲望である以上、その構造を否定する必要がある。ただ、最初に挙げた問いに至るまでの間、つまりダイエットに実際にたどり着くまでに多くの人たち、とりわけ女性たちが社会構造的な選択の中にいるということを指摘するだけでも本書の果たす役割は大きい。

多くの人は「やせたいからダイエットする」という単純な事情でダイエットするのはなく「かくかくしかじかの理由でダイエットをした方がいいかもしれない。やせることで何かが変わるかもしれない」という期待を持ってダイエットを選択する。この現実を可視化し、多くの人と共有することができるからだ。

何かの期待の前に、有害性への目配せをしろというのは現実的に難しいのかもしれない。けれどもダイエットにまつわる構造を自覚しなければ本当の意味で幸せになれないのではないか。なにより、自分が主体的に選択したことにならないのではないか、という問題意識が本書の後半で重要になってくる。

自分が着たいものを着て愉しんでいる人に対して、デブだとかブスたというような言葉を投げつけるのはおぞましいことだ。痩せた体型や、筋肉のついた健康的な体型や、傷跡のないすべすべした肌だけが良いものだという考えは美の画一化につながるし、若い女性に身体に関する非現実的な理想像を植え付けることになりかねない。容姿についての悩みのせいで摂食障害など心の病を抱えるような女性もいる中で、体型についてのコンプレックスを煽るのは有害だ。誰だって好きなものを着ていいし、体型を恥じる必要なんかないのだ。

北村紗衣(2019)「あの服が着てみたいけど・・・素敵なドレスの誘惑と抑圧」辻本力編著『生活考察』Vol.07、p.81

こうした主体的に自分の体型を選択できる生き方を目指すために磯野が提案するのは、自他との関係を点と点ではなく、線を引くような生き方にしようというもの。これは簡単ではないかもしれないが、本書で多く指摘される呪いや地獄に陥る可能性を逓減させてくれるし、何よりこれまでとは違うやり方でも自分らしく生きていけるかもしれない。少なくとも従来とは別の形での期待や希望を示してくれるのは、より自分らしく、かつ不健康でもない生き方の模索へのヒントになるはずだ。本書によると、そもそもダイエットの本来の意味は”way of life”なのだから。

[2019.12.23]

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Written by バーニング

90年生まれ。アイコンは@koyomi_matsubaさんデザイン。連絡先:burningsan@gmail.com

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