積極的な不平等の縮小に向けたアイデアの提示 ――アンソニー・B・アトキンソン(2015)『21世紀の不平等』(訳)山形浩生/森本正史、東洋経済新報社

バーニング
May 27, 2022

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ピケティの師匠筋にもあたるらしいアトキンソンの本書は、ピケティの大著が翻訳出版されたのちに出版されたこともあってか、一定の話題にはなっていた。本書にはピケティが序文を寄稿しているし、「不平等に関心のある経済学者」といった点は共通していると言えるだろう。

ピケティもアトキンソンも歴史を重視するが、よりピケティの方が歴史を重視する中で、アトキンソンは歴史を概観しつつ、「いかに分配の仕組みを設計して不平等を縮小することが可能か」といった現実的な制度設計に関心があるように思えた。こうした本書のねらいは、日本の読者にも適合していると言える。本書の主眼は主にイギリス(時々アメリカ)であり、EU全体にも視野に及んでいるが、イギリス以外の国にも適用可能だろうということは本書で繰り返し指摘されている。

例えば最近のツイッターでは児童手当の話題が一部で盛り上がっていたが、アトキンソンは児童手当に関して普遍主義+所得課税といったアイデアを提唱している。所得の多寡で減額されず、事前の所得調査も不要な普遍主義なら公平に分配することが可能な一方、児童手当分も所得として累進課税に含めることで所得を多く持つ層からはあとで徴税することが可能だ。日本でも似たアイデアが2020年の持続化給付金の支給に際して採用されたが、社会手当分野で採用することはそう難しいことではないだろう。

本書の記述を先取りしてしまったが、本書における不平等の縮小は、貧困の撲滅を強く意識したものではない。1980年代以降に拡大を続ける所得の格差を縮小することを目指している。この意味でも非常に現実的なアプローチだと言える。ここで採用するのは「ジニ係数を3ポイント以上減らす」という指標だ。

「税率が5ポイント上がると、ジニ係数が3パーセント減少することがわかる。税率の5ポイント増加はどんな財務大臣であっても大きな」(pp.63–64)ために3という数字を用いている。ちなみにもしこれが実現するとイギリスの不平等の水準はオーストラリア以下になり、フランスとドイツはフィンランドより下がるようだ(北欧諸国はジニ係数が総じて低い)。ちなみにwikipediaが引用しているデータによれば、日本はオーストラリアとイギリスの間といった位置づけだ。

アメリカでもイギリスでも、1980年代以降は上位層、特にトップ層の所得と、中央値以下の層は拡大を続けている(p.123などを参照)。賃金の上昇の恩恵はとりわけトップ層において顕著で、トップ層の多くが業績に連動するタイプの報酬を得ているから(p.125)という指摘は理解しやすい。こうしたトップ層はグローバル化やハイテク化の恩恵を受けて収入を大幅に増やす一方で、所得税の最高税率の引き下げも行われてきた。こうなると、報酬が少し増えただけで手取りが大幅に増加し、ますます不平等は拡大する。

アトキンソンはトップ層だけをターゲットにしているわけではないが、こうした1980年代以降の不平等拡大トレンドが継続することに警鐘を鳴らしている。だからこそ、再分配的な課税方式のより好ましい設計と、普遍的な児童手当や参加型所得といった社会保障の設計を提案する。同時に、雇用や賃金についても言及している。日本でも顕著な公的雇用の削減や劣化に対して、むしろしっかりとした待遇での公的な雇用を提案する。さらに、労働市場や団体交渉への政府の介入を提案している。公的部門も民間部門も、いずれにおいても保障された賃金や労働環境がまず重要だという指摘だ。

アトキンソンのアイデアはジニ係数のポイント減少を目指していると前述したが、彼の提案する複数のアイデアを組み合わせれば結果的に貧困の削減にもつながるイメージを持つことができる。本書の終盤では想定される反論を3つ列挙している(経済のパイが縮小するのでは?、グローバル化のせいで何もできないのでは?、予算は足りるの?)。ただ、これらに対する応答も非常に現実的なものだ。従って、アトキンソンは非常に楽観的に未来をとらえていることも分かる。

さらに、不平等の縮小は、所得の少ない個人の経済的利益の拡大だけをもたらすのではない。

経済的な結果の不平等を減らせば、これは現代社会の重要な特長とされる機会の平等の確保にも役立つ。犯罪や不健康といった社会的な悪は、今日の社会が持つきわめて不平等な性格のせいだといえる。これは貧困や不平等をもっと低くするよう努める実務的な理由を提供してくれる。また、極端な不平等は民主主義の仕組みとも相いれないという恐れもその理由となる。(p.352)

本書の序盤にはロールズやアマルティア・センも引用されているが、ロールズの言うreasonable、つまり「理にかなった」形のアイデアといったイメージを、アトキンソンも強く共有しているように思えた。2010年代のヨーロッパやアメリカを見ていると、不平等の縮小を目指すことが社会的な分断に抵抗することでもあるだろう。完全に分断してしまった社会は、多数の市民による支配(少数者への配慮を前提としてはいるが)を前提とする民主主義と相性が悪い。

こうした問題意識はおそらく、現代日本においても重要であることには変わりない。だからこそ今、積極的に読まれてよい一冊である。

[2022.5.27]

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90年生まれ。アイコンは@koyomi_matsubaさんデザイン。連絡先:burningsan@gmail.com

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