中学生男子とラブドールという、経験的にも客観的にも危険な香りのある組み合わせをどのように描いたのかに興味を持ちながら読み進めたが、思いのほか様々な方向へ展開されていくところにまず驚く。文藝賞受賞作であるため、そう長い小説ではない。
だがその限られた分量の中で、中学生の男子が経験する狭い生活範囲の中にはラブドール意外にも危険な要素が豊富にあるのだということを改めて確認させてくれる。ある日見たゴミ捨て場の人形に覚えた少年の衝動が、向かう先を詳細に書こう(暴こう)とするそのスタンスが恐ろしくも才能豊かだ。
例えば村田沙耶香の初期作を振り返ると、彼女は少女の抱える性の経験や衝動を長く書き続けて来たことが分かる。村田沙耶香の場合、少なくとも初期の『授乳』や『マウス』などにおいては性的なものとの対峙や、身近な人間関係における葛藤を書くことで少女たちの世界を豊かに表してきた。
山下紘加の本作は主に少年に焦点を当て、その制御できない感情の行き先を様々な形で描写する。教室の中で行われるいじめという名の暴力や加害は、時には性加害や性暴力の形へとも転じる。被害者が常に被害者であるだけでなく、教室のピラミッドの中からターゲットを探し、加害者に転じることもある。
家庭の中も平穏とは言えない。母と二人暮らしをしていたはずが、突如帰還する結婚した姉の存在や、近所に住んでいる下着泥棒の容疑を持つ男など、少年の生活を危うくさせる要素はたくさんある。
家でも学校でも平穏からは無縁で、だがしかし少年の中に性的な衝動は確実に芽生えている。その矛先の適切さを少年は理解していない。ラブドールとの交歓を通して自身の衝動を具体的に知る過程は、衝動の中身を知ってゆく。そしていつまでもラブドールを対象とはせず、リアルな女性にもその危険な衝動は向けられる。
村田沙耶香がそうであるように、加害性や暴力性を持つ衝動を、山下は善とも悪とも評価しない。その代わり、少年の中に起きている出来事を事細かく、繊細に、書こうとつとめる。そうした作業こそが小説家(とりわけ純文学)の仕事なのだと、この新人作家は熟知しているようにも思えた。
[2021.5.6]