美しさと苦み、そして彼女の理由 ――陸秋槎(2019)『雪が白いとき、かつそのときに限り』(訳)稲村文吾、早川書房

バーニング
4 min readNov 2, 2019

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中国出身で金沢在住の作家、陸秋槎の翻訳としては二冊目になる。以前読んだアンソロジー『アステリズムに花束を』(ハヤカワ文庫JA)にも収録されていた短編にあまり強い印象はなかったが、最近読んだインタビューが面白く、今回の翻訳新刊が中国を舞台にしたかなりいい感じの青春百合ミステリーということで読んでみることにした。

上海からもほど近いところにあるという設定のZ市。その高校でかつて学生寮に住んでいた少女の惨忍な死体が発見された。状況が「雪の密室」であったことから警察は自殺として処理するが、亡くなった生徒の幽霊が出ているという噂をきっかけに生徒会長の馮露葵(ふう・ろき)は彼女を慕う寮委員の顧千千(こ・せんせん)と共に5年前の事件を調べ始める。5年前の事件当時の生徒で、現在は学校司書を務める姚漱寒(よう・そうかん)の協力を得、彼女たちの「探偵」が開始されていく。

まず端的に百合である。ここに性的嗜好の意味はさほど含まれないが、主要人物以外にも多く登場する「彼女たち」の紡ぐ物語には、ほとんど男の入る場所はなさそうだ。かといって女子高ではなく共学ではあるので、学生寮は男女が明確に分かれているし、男の子と遊ぼうとする「ふしだらな」女ん子も登場する。そんな中、 多くの生徒から見た憧れの存在である馮を慕う顧の高揚を見ると、なるほど確かに女子高生二人にホームズとワトソンをやらせてみるという妙味は確かにある。不思議で、特別な関係である。(『響け! ユーフォニアム』の主人公二人を容易に想起させられる)

舞台は中国になっているため、中国の学校制度やクラブ活動、あるいは進路についてなどの話を聞いていると日本とはやはり違うな、と思うことが多い。だがそうさせながらも日本のコンテンツにたしなんできた陸の書く小説なので、この手の青春ものをたしなんでいる(ラノベやアニメ含む)ほとんどの日本の読者は違和感なく溶け込めるはずだ。

さて、本筋であるが5年目の事件をただ後なぞりするというだけの物語ではなく、そこはあくまでも大きすぎる布石として二段構えになっているのが特徴だろう(以下重要なネタバレ含)。綾辻行人や島田荘司の書いてきた新本格への強い意識が作家にあるようだが、その狙いも終盤になるとひたひたと伝わってくる。それでいて、「単なる推理ゲーム」や「殺人ゲーム」に終始させることなく、「美しさと苦み」をいずれも包含した青春小説として描かれているところが非常に質が高い。

特別な存在へのあこがれは、きっと誰しもが一度は持つもの。他方で、特別な存在として憧れを持たれる当の本人はどうだろうか。米澤穂信『クドリャフカの順番』で書いたイメージ、すなわち持てる者と持たざる者の間における嫉妬と、持てる者の孤高の両方を表現したなと感じた。 馮露葵は折木奉太郎や千反田えるほど内心は純真ではないが策士な一面も確かに持っていて(どちらかというと入須冬実をよりダークにした存在かもしれない)、ストーリーはやがてhow done it、つまり彼女はなぜそうしたのか? が問われる。作家自身が影響を公言する辻村深月の『冷たい校舎の時は止まる』を想起するような静謐さと人間関係の複雑さも魅力。

本作の真の美しさは終盤に再び小さく飛躍するところだろう。大きな痛みを伴う美しさとして、ではあるにせよ。そして最初から最後まで、遅れてきたヒロインである姚漱寒の存在が欠かせない。彼女の、姚先生の憂鬱さと生き様こそが現代人のそれと(おそらく中国国内に限定されるものではないもの)密接にリンクするし、女子高生二人と探偵ごっこをする彼女は青春を取り戻したかのように生き生きとしていた。そうした角度から楽しむ物語があってもいいだろう。

すでに陸は彼女のサイドストーリーも執筆しているようだ。さらなる翻訳に期待しつつ、翻訳デビュー作も読まねばならないと思う、苦みと楽しみのある読後感だった。

[2019.11.2]

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Written by バーニング

90年生まれ。アイコンは@koyomi_matsubaさんデザイン。連絡先:burningsan@gmail.com

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