良好な人間関係と、快適な労働のために――津野香奈美(2023)『パワハラ上司を科学する』ちくま新書

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新書のレビューをすることは普段あまりないいが本書はかなりいい本だと感じたため、紹介をかねて書評を書きたい。本書がすぐれているのは、職場におけるパワハラ(やいじめ)の発生メカニズムを理論とデータで実証じつつ、最後の第5章では「パワハラ上司にならないためにはどうすればいいのか」と題打ってハウツーを展開しているところである。

科学的かつ実用的な新書は、新書が新書たるニーズ(多くの人が手に取りやすい環境に置かれる)を踏まえている印象もあるが、科学か実用かのどちらかに偏るのではなくバランスよく書き分けているのは非常に良いと感じた。読み物として読みごたえあり、使いごたえもあるからである(もちろん現実は現実なので常にうまくいくとは限らない)。

本書を読んでいてたびたび感じたのは、仕事をする上での実感、あるいは他人の職場の話(愚痴や相談事を含む)を聞くなかで「なんとなくそうだろうな」と思っていた直感的な事実が理論とデータで実証されているところである。ハーバードの公衆衛生大学院での勤務経験もあるせいか、アメリカを中心とした海外の文献レビューや国際比較の事例も豊富で、丁寧につけられた脚注は合わせて265にものぼっている。

直感的な事実の例をあげていくと、「パワハラ行為者は男性が多い」、「男性は攻撃的な行為をとりやすく、女性は陰湿ないじめの行為者になりやすい」、「男性の方が相手の感情を読み取りにくい(男性の方が女性に比べて「感情知能」が低いと説明している)」「体育会系出身者はパワハラをしやすい(男性は競技を問わず、女性はコンタクトスポーツ出身者が加害者になりやすい)」など。こうして挙げただけでも、「有害な男性性(toxic masculinity )」とパワハラの発生要因は非常に相関がありそうだ。

また、第4章では「不安定な自尊心の高さ」が個人のプライドを歪め、差別や偏見を生む傾向にあることも指摘されている。アメリカにおける「セルフ・エスティーム・ブーム」の失敗を例に挙げているが、日本でも最近は「自己肯定感ブーム」が観察されているので、同じような失敗が発生する可能性はある。

人の自尊心については、「自尊心が高ければパフォーマンスが上がるのではなく、才能があったり、頭が良かったり、成功したことによって、人は自尊心が高くなる」、「自尊心は誰かによって強制的に植え付けられるものでもなく、また、根拠なく自分自身が優れていると思い込むことが重要ではなのではなく、何かしらの、納得できる根拠を基に、少しずつ自然と獲得していくものだ」(p.138)と解釈すべきであり、因果関係を履き違えたブームがもたらす結果の危険性は理解できるところだ。

また日本国内での研究結果や事例の紹介も積極的に行っており、兵庫県の小学校で発生した教員同士の集団いじめを例に、「いじめ・パワハラの発生と進行過程」について言及している箇所は読みごたえがあり、実践的だ。

著者によると、最初は「不和」の段階から始まり、従業員同士の小さな対立や衝突が起こるが、それらに対処せずに放置していると段階を経てエスカレートしていくようだ。管理職がそういった職場トラブルに関与せず、放置や放任の姿勢をとる場合もあり、そうなると結果的にいじめを容認してしまう。結果として歯止めが効かなくなり、事件化してようやく発覚するのである。

パワハラを起こさないためには、部下や同僚と良好な関係を築き、積極的なコミュニケーションをとることが必要だ。しかし実際には、パワハラにならないために、部下との関係を深めず、可能な限り部下を避けようとする上司もいる。パワハラ防止研修が各企業で実施されている昨今では著者も講師を務める機会があるようだが、研修を行うことで逆にパワハラを手軽に回避したい(ために何もしない)欲求を高めてしまうおそれがあるとのことだ。

こうした逆説を回避し、良い上司になるための具体的な方法を教えたり、認知再構成法やアンガーマネジメントなどの認知行動的アプローチの紹介、さらに良い褒め方や良い叱り方など、具体的な提案に富んでいる。現実は紹介されている例のとおりにいくとはもちろん限らないだろうが、心理学や行動科学の知見を活用できることを知っておくだけでもメリットは大きいだろう。

パワハラの大半は上司からだが、パワハラの定義をよく読むと上司から部下へ、が常とは限らない。自分が加害者になるのを避けるのはもちろん、職場で発生したパワハラやいじめにどう対処するべきかも書かれているので、良好な人間関係や、快適な労働環境を求めるすべての人にとって有益な一冊である。

[2023.3.1]

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バーニング
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Written by バーニング

90年生まれ。アイコンは@koyomi_matsubaさんデザイン。連絡先:burningsan@gmail.com

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