若さゆえの苦さと、人生の濃淡 ――スコット・フィッツジェラルド(1968)『雨の朝パリに死す』(訳)飯島淳秀、角川文庫

バーニング
Jun 22, 2021

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少し前にフィッツジェラルドが晩年に書いた短編を集めた本を読んだので、今度は逆に比較的若い時代の短編を集めた本書を読んでみた(積読の中に見つけたので、たまたまではあるが)。なおこのレビューについては、1950年にに同タイトルで一度訳されたが、新たに短編を複数追加して1968年に角川文庫として刊行された本に依拠している。

表題作は1931年に発表されたものだが、他4編はいずれも1920年代に執筆されている。執筆年代順に収録されているため、表題作が一番最後に来ており、そしてこれが唯一ヨーロッパを舞台とした短編となっている。解説では妻ゼルダとの出会いとその後の関係を含めたフィッツジェラルドの人生について詳述されているので、そうしたフィッツジェラルドの人生を紐解けばおそらくそういうことなのだろうと推察される。従って本書を読む前に解説を先に読むのも作品理解につながりうると思われる。

もっともフィッツジェラルドらしいな、と思いながら読んだのは「冬の夢」だ。ゴルフ場で出会った運命の女性との恋愛を楽しむ中で、しかし彼女とは人生を共にすることはしないという選択をする男の話となっている。その後の人生で数々の「たられば」を夢想する様は、一人の魅力的な女性が男を容易に翻弄しうる様子をシニカルに描写している。

ただ、女性は女性でかつての若さゆえの輝きを失ってゆくことも描写されている。こういったシビアだが、『グレート・ギャッツビー』がそうであったように「若さゆえの栄光」を特権視してしまうことと裏返しなのだと思わされる。つまり、若い時代を取り戻せない理想として生きていくことは、それ自体が人生の、いわば老いることにより直面する困難さなのだ。(ゆえに、輝かしい夏ではなく冬に見る夢だということだと受け取った)

「金持ちの青年」も「冬の夢」と同じような、豊かさを手に入れた男の人生の苦みについて描写した短編だ。「冬の夢」の主人公は起業家として成りあがる一方、「金持ちの青年」は最初から金持ちなので裕福であることはスタンダードである。しかしだからと言って人生に対して満足しているかというと、そうではない。

多くのものを手に入れながら、人生の後半は苦しい日々を送っていくフィッツジェラルドにとって、若いころから人生の山と谷を冷静をみつめてきた(ように見える)彼の姿勢がそのまま自分の人生に跳ね返ってくるとは思わなかったかもしれない。しかしだからこそ、書くことで生きていこうとした彼の人生を遠く離れた時代で想像することができるのは、小説の読者としては幸運なことでもある。

[2021.6.22]

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Written by バーニング

90年生まれ。アイコンは@koyomi_matsubaさんデザイン。連絡先:burningsan@gmail.com

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