以前レビューを上げた『だらしない』の著者による日記本。ウェブサービス「note」に毎日掲載してきたものの内、執筆開始から最初の半年分を一冊にまとめたのが本書。2019年7月から2020年1月までの記載が収録されており、適宜編集や校正を行っていたり、各月末にはそれぞれの月の振り返りコメントが記載されていたりする。それと、この日記が始まったきっかけが最初に詳しく書かれている点については、noteで一日一日追いかけていた読者にとっては約一年前のことを振り返るのに向いていると感じたし、そうではなく完全に初見の読者にとっても優しい導入になっていると言えるだろう。
元夫と離婚してからの日々をエッセイとしてつづった『早稲女×三十歳』を読んだ時からも感じていたことだが、非常に冴えている彼女の観察眼が、この日記本でも味わうことができている。ざっくり観察眼という表現をしたが、彼女の文章は主に二つの方向性に向けられているのではないかと感じた。
一つはその内面。例えば身体性について、趣味の話、マッサージの話、ヨガの話、サウナの話を読んでいるとあちこちで言及されている。そして性愛やセックスについても彼女は彼女なりの言葉で語り下ろす。むろんこれは他者に向けて公開されている文章であるから、ありのまますべてを曝け出していないだろう。個人的に面白かったのは、その語りである。
例えば次のような記述。
T氏に「3Pしたことある?」と聞いたら、「2P」までしかないよ」と言う。「じゃあ1Pは?」と聞いたら、「1Pは毎日風呂場でしている」という。オナニーを1Pって呼ぶのなんかいいなと思ったので今後も使っていきたい。
今日は急に涼しくなって雨も降って、体調が悪いだけでなく無性にさみしかった。それでも帰り際にぎゅっとされたら、今日一日の体調不良や疲労や怒りがすっと抜けていくのがわかった。私たちは最近2Pをしない。いろんなことがあって私にそれが必要なくなってしまった。
(p.125)
この記述はT氏という本書の中でも一貫して独特なポジションをキープしている(されている?)男性の存在のユニークさがあって成り立つ場面かもしれないが、それはさておき「急に涼しくなって雨も降って、体調が悪いだけでなく無性にさみしかった」という記述はまるで小説を読んでいるかのような心情描写に思えてくる。
こうした語りの美しさがこの本には満ち満ちているのが、読者をよりこの本を興味深くさせてくれるのではないかと思う。「私たちは最近2Pをしない。いろんなことがあって私にそれが必要なくなってしまった」という記述には、『早稲女×三十歳』以降の著者の人生が色濃く透けて見える。
もう一つは、(内なる身体や精神とは対照的な)外部への観察眼だ。彼女の観察眼はまず職場の同僚たち、そして友人たちやT氏といった様々な社会的関係性の中にも向けられている。彼女はきっと自分ひとりの時間と同じくらい、誰かと過ごす時間も大事にしている。そしてイエスノーの言明を明確に行うことがしばしばある。
彼女はよく旅に出る。仕事絡み(出張)であったり、友人たちとであったり、家族とであったり。こうした誰かと遠くに行くということは、たった一年で一気に非日常なものにもなってしまった。変わってしまった現実の日々を生きる私たちがある一人の女性の様々な旅の模様を通じて感じられるのは、その楽しさでもあり、息苦しさでもあり、誰かといることの幸福と辛苦の両方であると感じた。
それは当たり前ではないかと言われるとそうだろう。多くの人がかつて経験してきたことでもある。だからこそ、本作の中で輝いているのが観察眼であり、彼女の用いる言葉たちだ。雨宮まみや能町みね子に言及する場面、あるいは次のような文章にも、文章を書くこと、言葉を紡ぐことに対する特別な思いを十分に感じることができる。
今は、毎日日記を書いたり友人たちと公開交換日記をしたり、文フリではエッセイだけでなく小説を売ったり、仕事でも文章を書いたり、そんな風にいろんな形で自分を表現する中で、さらにいろんな「わたしみ」が出てきたらいいなと思う。自分の表現も自分自身もどんどん変わっていったらいい。やっぱり私は昨日の自分と違う自分に出会い続けたいし、変わっても変わっても変わらない自分の核みたいなものがもしあるなら、人生の最後にそれがなんだったのか知りたい。
(p.48。太字部分は原文表記のまま)
この忙しすぎる現代社会で、ましてや新興の感染症が猛威を振るう中で日記を毎日書き続けることは容易ではないだろうと思う。でもそれがなぜ彼女にはできるのか、何が彼女を突き動かしているのかも、この短い文章を読めば伝わってくる。もちろん本当の思いはこの短い文章には収まらないかもしれないけれど、彼女の文章を読むことで同じ時間軸、同じ社会を生きる自分自身の日々を真新しい視点で見つめ直せるような、そういう心持ちで追いかけた半年間の記録だった。
[2020.7.13]