「解釈の共同体」と謎解き、あるいは青春の痛み ――青谷真未(2020)『読書嫌いのための図書室案内』ハヤカワ文庫JA

バーニング
4 min readJun 3, 2020

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「読書嫌いな高校生の浩二は、ひょんなことから本好き女子の蛍と一緒に、廃刊久しい図書新聞の再刊を任されて……」というあらすじを読んで、これを現役の高校生の時に読んだらさぞ楽しかっただろうなと思った。とはいえ読書嫌いをあえて主人公に立ててそこからボーイミーツガールをミステリーに仕立てて作っていく試みは面白いなと感じた。作者についてはよく知らなったので、これが本作を読んでみようと思った動機である。

一読した感想としては、これは設定のうまさはもちろんさることながら、読書嫌いで絵を描くことが好きな主人公、荒坂浩二が知らぬ間に「解釈の共同体」に導かれていくところに面白さがあると感じた。読書嫌いと絵描き好きの理由についてはネタバレになるので大きく触れはしないが、彼のパーソナリティをよく表す要素である。その上で、荒坂をひきずりこんだ司書教諭や、たたずまいや雰囲気が謎で、たびたび会談話を吹聴する生物教師、荒坂の数少ない友人や、その友人が恋をするオーストラリアからの留学生、1年生の時に入部していた美術部部長……などなど、主人公やメインヒロインの藤生蛍以上に周囲を埋めるキャラの個性が強く目立つ要素になっている。

この、周囲に個性的なキャラを配置することと、浩二が「解釈の共同体」に引き込まれることがリンクするのだ。浩二は読書が苦手だから本を読むこと自体には興味がない。ただ知らぬ間にホームズ役を務めてしまうように、他人への興味関心は高い。ものの流れで図書新聞に校内の生徒や教師から読書感想文を集めるようになるが、司書教諭に設定された厳しいデッドラインを嫌がりながらも、感想文を集める過程で個性的なキャラクターたちと交わされるコミュニケーションを純粋に楽しんでいる素振りが見える。

「本を読むのは苦手だけど、感想文を読むのは面白いかもしれない。物語の内容は変わらないのに、読む人によって着目する点が違ったり、解釈が違ったりするから」(p.192)

そうして浩二は本を読むことそのものより、解釈の共同体に参入し、解釈の複数性の面白みに気づく。もちろんこれは「本の虫」でメガネ少女である藤生蛍の影響力がまずもって大きい。けれども蛍が浩二と関わるというよりは、浩二が蛍の持つ個性を引き立て、物語を動かしていくのだ。浩二を古典部シリーズの折木奉太郎に例える感想もネットでは見かけたが、それは少なくとも半分間違っていると思う。

なぜなら浩二は途中からは主体的に様々な謎に挑んでいるからだ。折木の場合、『クドリャフカの順番』での彼がそうであったように、本来必要な図書新聞の完成以外には不要な労力を発揮しない。だから『クドリャフカ』でも彼は安楽椅子探偵であったわけだが、浩二は校内のあちこちに顔を出し、いくつかの小さな謎を解き、人間関係の問題を解決していく。こうした積極性は折木にはない浩二の魅力だろう。(もっとも、美術部部長とのやりとりを見ていると、折木と福部の関係に似ている。ただ「才能」とか「期待」に対する複雑な感情自体は、青春時代にありがちなものでもある)

森鴎外、ヘッセ、安倍公房など一般的なようで一般的ではない作家の物語がいくつか登場する。だからこそ「解釈の共同体」に参入した浩二は本(この場合は小説)の持つ魅力を知ることができたのかもしれない。そんな彼が初めて図書館で自発的に手に取る本があの小説なのは、なるほどなかなか面白い。まだ彼は彼の持ち味を全部見せていないなと思うし、藤生蛍との関係の変化も含め、シリーズ化してほしい小説だ。

[2020.6.4]

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90年生まれ。アイコンは@koyomi_matsubaさんデザイン。連絡先:burningsan@gmail.com

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