「遺体に向き合う」ということ ――佐々涼子(2012)『エンジェルフライト 国際霊柩送還士』集英社

バーニング
Jun 27, 2021

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佐々涼子は今年に入って『紙つなげ!』と『エンド・オブ・ライフ』を読んできて本書で三冊目になるが、本作が佐々はノンフィクション作家としてデビューを果たしている。

本作で第10回開高健ノンフィクション賞を佐々は受賞しており、文庫版解説では同じくノンフィクション作家の石井光太が本作において佐々の挑んだ取材を激賞している。曰く作家の体験に基づくテーマが選ばれがちな昨今のノンフィクションにおいて身近ではないジャンルを掘り起こそうとした意義は大きい、と。石井のこの批評は、いわゆる自分語りが流行するエッセイやノンフィクションの世界にクギを差す一手としても聞くに値するだろう。(もちろん自分語りそのものが悪いわけではないが題材によっては取り扱いの質が怪しいものも多いし、自分語りばかりがあふれているのは全体として豊かとはいいがたい)

さて、文庫版のあとがきで佐々が「『死』の出てこない原稿を書いたことがない」と振り返っているように、本作を世に出して以降の佐々の取材は死の匂いが濃い。3.11下の石巻を題材にとった『紙つなげ!』でもまさに死や遺体に触れた人々を取材しているし、2013年から取材がスタートしている『エンド・オブ・ライフ』では死そのものではなく死にゆく間際の時間が題材であるが、結果的に多くの取材対象者の死に直面することになっている。本書は逆に、死にゆくまでの時間ではなく、死後の短い時間を取り扱っていることから、『エンド・オブ・ライフ』の読者にも改めて読んでほしいところだと感じる。

さて、本書の核心はいくつかあると思うが三つほど羅列してみる。一つは、文字通り死に向き合う人々の話だ。国際霊柩送還士という、遺体を海外から受け取ったり、あるいは日本から海外へ送るという仕事を扱う中で、死への向き合い方が関係者や遺族、あるいは国の文化や葬儀ビジネスの様態にょって様々なことを浮き彫りに出している。

二つ目は、遺体との向き合い方である。本書を読んでいると、概念でもある死そのものと向き合うことと、物理的な存在である遺体と向き合うことにはクロスオーバーする部分もあれば、全く乖離するものもあることが伝えられている。

これは、石井光太が『遺体』の中で取り組んだアプローチとも近いかもしれない。つまり、実物である遺体を通して浮き彫りにする人間の複雑な感情の動きというものが、それこそが概念である死を受けいれる(あるいは受け入れられずに拒否をする)ことと密接に絡むということだ。こうした相関がまた文化や国によっても大きく異なることや、あるいは葬儀ビジネスの中で遺体がいかに扱われているか(残念な形も多く含む)を佐々は取材を通して描き出そうとする。

最後に、「国際霊柩送還士」という職人的な存在をリアリティを伴って描いていることだ。国際的な遺体の輸送や処理を一手に率いるエアハース・インターナショナルを取材することでこうしたなかなか目に見えない仕事を扱っているわけだが、いかに現実の世界が『おくりびと』と違うことや、この仕事を志す人がその半ばで多く辞めていることなどをシビアに扱う。

同時に、トップをつとめる山科と木村利恵のコンビを丹念に取材することで二人がいかにしてこのビジネスを始め、いかにして日々死や遺体と、そして遺族たちと向き合ってきたのかをビビッドに描いている。その他木村の娘や息子(息子の利幸は社員であり、将来の二代目だと言う)を取材したり、新入社員の慎太郎や、霊柩車のドライバーなど様々な側面から特殊な仕事とそれを請け負う企業をありありと描いている。

「遺体に向き合う」ことを業とすることに対して精神的な疲労とどのように向き合っているのだろうという関心が個人的にはあったが、そこは職人気質というか、それぞれの社員が可能な範囲で感情をコントロールしている印象を受けた。感情をただただ処理するというより、しっかり向き合った上で受け止めているところに職人としての凄味すら覚える(だからこそ離職者も多いのだろう。凡人なら耐えられない)。

佐々自身が遺体に向き合い続けたことに対する疲労や、『エンド・オブ・ライフ』でも詳細に描かれた実母の難病への罹患についても触れられている。『エンド・オブ・ライフ』の書評でも指摘したが、社会的に意義のある題材を扱う中で、こうしたパーソナルな部分への着目や内省が随所に見られるのも、彼女のノンフィクション作品の魅力であると改めて感じる一冊となっている。

[2021.6.28]

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Written by バーニング

90年生まれ。アイコンは@koyomi_matsubaさんデザイン。連絡先:burningsan@gmail.com

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