社会化されてゆく海松子のマイペースな日々と成長 ――綿矢りさ(2021=2024)『オーラの発表会』集英社

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本編とは全く関係無い雑感だが、帯にデビュー20周年と書いてあってインストールからもう20年も経つのか……となった。振り返ってみると芥川賞をとった『蹴りたい背中』から『夢を与える』まではややブランクがあったものの、大学卒業以降はコンスタントに小説を書き続けられており、名実ともに中堅ベテラン作家の域にあるのは感じる。

この小説は『勝手にふるえてろ』や『私をくいとめて』の系譜に繋がる、恋愛経験がほとんどなく、周りから少し変わった存在になっている女主人公を軸としてストーリーを動かしてゆくタイプの綿矢の小説だなと思う。少し変わった主人公の前に、これまた少し変わった男性が複数登場するのもお手の物である。前述した2作のように、この小説もいつか映画になるかもしれない。

男性キャラの一人は幼馴染で高校の同級生でもある森田奏樹で、主人公の海松子(みねこ)からは七光殿と呼ばれているおぼっちゃんだ。もう一人は大学教授である父の教え子である諏訪。彼は少し年上だが、年上らしく海松子のことを気遣い、大学入学時の引っ越しの手伝いもしてくれる。二人ともそれぞれの形で海松子にアプローチをしてゆくが、というのがおおまかなあらすじだ。

とはいえこの小説の主軸は恋愛の部分ではなく、奏樹や諏訪、「まね師」こと萌音や大学で出会う友人知人たちを含めた海松子の交友関係そのものである。交友関係が主軸な小説というのは軸があってないようにも見えるが、「他者に対する関心が薄いか、あるいは関心の持ち方が少し変」な海松子と交流する中で変化してゆく周囲の反応を書くことを綿矢は主眼に置いている。それは海松子の親子関係も含めて、である。

終盤、「オーラの発表会」と自称した謎イベントの開催を決め、周りの人たちの招集をしてふと海松子が自分の過去を振り返る瞬間がある。

当時の私からすれば家族以外の人間の入り込まない、自分の好きなもので埋め尽くされた空間である我が家で家族と共に過ごすのは、幸せでしかない。 時が止まったように昔と何もずっと変わらない我が家。 私たち家族が他と交流を避けるように、何年もかけて醸成してきたものとは一体何なのだろうか。 木製の家具の色合いが、年月と共に次第に濃く、深くなっていくように、長年変わらないように見えても風合いや中身は少しずつ変化しているのかもしれない。私だけがそれに気づかず、このうちで一生を過ごすことに何も疑問を持たなかったのだろうか。(p.212)

海松子は自分自身だけでなく、彼女の親もまた自分たちの家庭といった小さい空間を維持することにしか関心がなかった(かのように見える)。そのため、実家で過ごした高校生までの海松子も他者への関心が弱かったと言えるのかもしれない。大学に入って彼女に起こったことは、「社会化」だと言える。家の外の社会と、それも多様な人間関係に触れることによって社会を知るという、大学生ならあるあるな出来事も、海松子にとっては人生の大きな分岐点のようにも見えるのだ。

とはいえ、「社会化」されてゆく自分がいる中で、自分らしさや個性のようなものは失われない。むしろ、もともとあったそうしたパーソナリティと社会との接点との間にどのような関係を結んでゆくのかを模索し始めるのが物語後半の海松子である。

彼女の言う「オーラ」が何だったのかは明らかにされないし、彼女自身もよく分かっていない。重要なのは彼女が「オーラの発表会」を行おうとしたこと、自分の今いる社会がこういうものだということを、周囲に示したかったこと。そうしてアイデンティティを確立しようとしたことなのだと思う。

本書の帯には「恋愛未満小説」と書かれている。恋愛感情がよく分からない主人公のドタバタ劇、かと思いきや「恋愛未満」の関係やその他の友人関係も含んで少しずつ変化してゆく海松子の、マイペースな成長譚だったと解釈した方が妥当ではないだろうか、と帯に軽くツッコミを入れつつこの書評を終えたい。

[2023.3.2]

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バーニング
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Written by バーニング

90年生まれ。アイコンは@koyomi_matsubaさんデザイン。連絡先:burningsan@gmail.com

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